2019年5月10日、国際的な子の連れ去りに対応するための「ハーグ条約実施法」の改正法が成立しました。
ハーグ条約実施法とは、国際離婚の際などにおける子どもの連れ去りを防止するための「ハーグ条約」の内容を、日本国内で実現するための法律です。
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1.ハーグ条約とは
ハーグ条約とは、国際離婚の際に起こる子どもの連れ去りを防止し、子どもの利益を守るための条約です。正式名称は「国際的な子どもの奪取についての民事上の側面に関する条約」と言います。
1-1.ハーグ条約が締結された目的
国際離婚の際には一方当事者が自国へ戻るとき、強制的に子どもを連れ去ってしまうケースが多々あります。しかしそのようなことがあると、子どもの環境が急激に変化し、子どもが相手親に一切会えなくなる状況が生まれるなどの大きな不利益が及びます。
そこで各国が協定を結び、国際的な子の連れ去りが起こったときには迅速に元の国へと戻すことを約束しました。それがハーグ条約です。
もともと1980年にオランダのハーグ国際私法会議で採択されたので「ハーグ条約」と呼ばれます。発効は1983年と新しくはありませんが、日本で採択されたのは2011年であり、国内法が整備されて発効したのは2014年になってからなので、比較的最近です。
1-2.ハーグ条約が適用される場面
ハーグ条約が適用されるのは、①子どもが16歳未満で②一方当事者の監護権を侵害し③国境を越えて子どもを移動させたケースです。子どもが16歳以上になっていたら、ハーグ条約の適用はありません。
子どもが連れ去られて上記の条件を満たす場合には原則的に子どもは元の国に戻されますが、一定の場合には例外となり、連れ去った親は子どもを返還する必要がないと規定されています。
連れ去った親が子どもの返還を拒絶できるのは、以下のようなケースです。
- ・連れ去りから1年以上経過していて子どもが新しい環境になじんでいるのに、返還請求が行われた場合
- ・申請者がもともと、子どもを監護していなかった場合
- ・申請者が子どもの連れ去りに同意・承諾した場合
- ・返還すると子どもの心身に害悪が及んだり耐え難い状況にしてしまったりする危険がある場合
- ・自分の意見を言える程度の年齢に達した子どもが返還を拒んでいる場合
- ・子どもの返還が人権や自由保護に関する基本原則に照らして認めるべきものではない場合
またハーグ条約は、国際離婚後の子どもと別居親との面会交流を条約締結国が支援すべきとも定めています。国際離婚をして子どもや一方の親と別々の国に居住するようになると、国内離婚のケース以上に別居親との面会が困難となるからです。
1-3.ハーグ条約は日本人同士でも適用される
ハーグ条約は、国際離婚のケースのみが適用対象ではありません。
連れ去り先と連れ去り元の国が双方ともハーグ条約の締結国であり、子どもが16歳未満であれば親が同じ国籍でも適用されます。
日本人同士の離婚のケースでも、国境を越えて子どもを連れ去ったらハーグ条約によって取り戻しが行われる可能性があります。
2.ハーグ条約実施法とは
では「ハーグ条約実施法」とは何なのでしょうか?
これは、ハーグ条約を日本で実施するための法律です。
条約を締結しても、直接日本国内に適用することはできません。条約は国と国との約束事だからです。日本国内に適用するには、条約に基づいた国内法の制定が必要になります。
そこで日本では、ハーグ条約を日本で具体化するための「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」が定められています。その通称が「ハーグ条約実施法」です。
ハーグ条約実施法では、子どもが国際的な連れ去りに遭ったときに原則的に取り戻しができることや取り戻すための手続き、方法などについて定めています。
3.ハーグ条約実施法の改正内容
日本がハーグ条約に加盟したことにより、それまでは対応が困難だった国際的な子どもの連れ去り事件において、スムーズに子どもを元の国に戻せるようになりました。
たとえば日本から子どもが連れ去れた場合にも、相手がハーグ条約の締結国であれば、連れ去られた先の国の相手に対して裁判手続きにより、子どもの返還を要求できるようになっています。
今回、その手続き方法を定めるハーグ条約実施法が改正されてより実効性を高められました。
改正点は以下の通りです。
3-1.間接強制前置の見直し
これまで、ハーグ条約実施法にもとづいて子どもの取り戻しを申請するには、先に「間接強制」を申し立てなければなりませんでした。間接強制とは、相手に制裁金としてのお金を払わせてプレッシャーをかけ、任意に子どもの引き渡しを求める方法です。
しかし改正法では間接強制を先にしなければならないという規定を見直し、間接強制をしても明らかに意味が無いと予測される場合や、子どもの急迫の危険を防止するために直ちに取り戻しが必要な場合には、すぐに子の引き渡しを請求できるとしています。
3-2.債務者審尋の例外
ハーグ条約実施法によって子の引き渡しを求めるとき、裁判所は基本的に債務者(連れ去った親)の意見を聞かなければなりません。これを債務者審尋と言います。ただし、子に急迫の危険が迫っている場合などには債務者審尋をする必要がないという規定がおかれました。
3-3.債務者の立会い要件の見直し
これまで子どもの引き渡しのための直接強制をするときには、連れ去った親がその場にいないといけないというルールが存在していました。
すると子どもを連れ戻しに行っても相手がその場にいなければ連れ去りは実現できません。また相手が連れ戻しを妨害するケースも多々ありました。
そこで改正法では、子どもを連れ戻す際には債権者(申請者)のみの立会があれば足りるとして、相手方の立会の要件を外しました。
これにより、今後は執行官と申請者が子どもだけがいるところに行き、相手の妨害を受けずにスムーズに子どもを取り戻せることを期待できます。
3-4.執行官による威力の行使について
改正ハーグ条約実施法では、執行官が債務者の住居などの場所において債務者の説得や住居等への立入り、開錠、子どもの捜索や申請者と子どもの面会などをできると定められています。
また相手が抵抗するときには、威力を用いたり警察の援助を求めたりすることも可能です。
ただし子どもに威力を用いることや、子どもに悪影響を及ぼす方法による第三者への威力行使は禁止されます。
3-5.執行裁判所と執行官の責務
今回の改正により、裁判所と執行官の責務が明文化されました。そこでは「子どもの年齢と発達の程度その他の事情を踏まえて、できる限り、強制執行が子どもの心身に有害な影響を及ぼさないように配慮しなければならない」とされています。
当然のことではありますが、責務として明らかにすることにより、従来よりもさらに子どもの心身への負担を最小限にとどめるための配慮が行われることが期待されます。
参考
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2019pdf/20190415030.pdf
まとめ
国際離婚のケースでは、国内離婚のケース以上に親と子どものつながりを維持し続けるのが困難となりがちです。離婚後もどちらの親とも交流を断たせず、子どもに健全な成長を促すためのハーグ条約とその実施法。
国際離婚と子どもの問題でわからないことがある場合、子どもを連れ去られてお困りの場合、まずは弁護士に相談してみてください。
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