遺言書を作成したからといって、遺言者の死後、遺言書の内容が当然に実現されるわけではありません。
誰かが、遺言実現のための手続きをすることが必要です。
この、遺言の実現をする役割を担う人のことを、「遺言執行者」といいます。
この記事では、遺言執行者の主な権利義務や役割、遺言執行者の選任方法などについて、弁護士がくわしく解説します。
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遺言執行者とは
遺言執行者(いごん・しっこうしゃ)とは、遺言書の内容を実現する者のことです。
たとえば、遺言書に「A不動産を友人の相続花子に遺贈する」などと書いたからといって、遺言者の死後、自動的にA不動産が相続花子氏の名義になるわけではありません。
同じように、遺言書で「B銀行の預金を、遺産太郎に遺贈する」と記していても、相続発生後、銀行が勝手に遺産太郎氏に遺言者の預金を振り込んでくれるわけではありません。
A不動産を相続花子氏の名義に変えたり、B銀行の預金を遺産太郎氏に払い戻したりするためには、誰かが法務局や銀行で手続きをすることが必要です。
このような役割を担う人のことを、遺言執行者といいます。
遺言執行者の主な役割と権限
遺言執行者は、「遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」(民法1012条1項)とされています。
つまり、遺言書に書かれている内容を実現するにあたって必要となる、すべての行為ができるということです。
遺言書の実現には、遺言執行者がいたほうがスムーズとなる手続きのほか、遺言執行者がいないと実現できない手続きが存在します。
それぞれの代表例は、次のとおりです。
遺言執行者がいるとスムーズな手続き
遺言執行者がいなくても手続きできるものの、遺言執行者がいたほうがスムーズになる手続きの代表例は、次の2つです。
遺贈登記
たとえば、遺言に「A不動産を相続花子に遺贈する」という内容が書かれていた場合、遺言執行者がいない状態で遺贈による所有権移転登記を実現するためには、原則として、相続人全員の協力が必要です。
そのため、相続人が遠方にいる場合や認知症となっている場合などには手続きが煩雑となるほか、相続人のなかに遺贈に納得しない人がいれば押印をもらえず、手続きが停滞してしまいかねません。
一方、遺言執行者がいれば、受遺者と遺言執行者のみで登記の申請ができるため、非常にスムーズとなります。
預貯金の解約払戻し手続きなど
銀行によっては、遺言書があっても、遺言執行者がいない場合、相続人全員の協力(署名や捺印など)を求められることがあります。
また、たとえば、遺言で「A銀行の預金のうち、3分の2を遺言一郎に相続させ、3分の1を遺言二郎に相続させる」など書かれていた場合、遺言執行者がいない状態で実現しようとすれば、原則として、遺言一郎氏と遺言二郎氏が協力して手続きをする必要があるでしょう。
一方、遺言執行者を定めておけば、遺言執行者が預金の解約手続きなどを行い、その後遺言に従って分配することができるため、手続きがスムーズとなります。
遺言執行者でなければできない手続き
次の内容の遺言などは、遺言執行者がいなければ実現することができません。
- 推定相続人の廃除:被相続人に対して虐待などをする相続人を、相続人から除外する手続き(民法892条、893条)
- 推定相続人の廃除の取消し:被相続人が生前に廃除した相続人について、廃除を取り消す手続き(民法894条)
- 認知:婚外子を自分の子どもであると認める手続き(民法779条、781条2項、戸籍法64条)
そのため、遺言書にこれらの事項が書かれていたにもかかわらず遺言執行者の指定がなかった場合には、家庭裁判所で遺言執行者を選任してもらう手続きが必要となります。
遺言執行者の主な義務
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、多くの権限が与えられている一方、多数の義務が定められています。
「遺言執行者は、その就任を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない」とされており(民法1007条1項)、遺言執行を無責任に放置などしてはいけません。
なお、遺言書で遺言執行者に指定されたからといって必ずしも就任する必要はなく、荷が重いと感じれば、辞退をすることも可能です。
しかし、いったん遺言執行者への就任を承諾してしまうと勝手に辞任することはできず、辞任をするためには家庭裁判所の許可を得なければなりません(民法1019条2項)。
そのため、あらかじめ遺言執行者の義務を知り、就任を承諾するかどうかを慎重に検討することをおすすめします。
遺言執行者が遵守すべき主な義務は、次のとおりです。
遺言内容の通知義務
遺言執行者は、任務の開始後遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならないとされています(民法1007条2項)。
遺言書で遺言執行者に指定をされていた場合には、就任した旨の通知とともに遺言書のコピーを送付することなどが多いでしょう。
なお、通知すべき相手は「相続人」とされているため、遺言書で何も遺産を相続しない相続人も含め、相続人の全員に対して通知しなければなりません。すべての相続人へ遺言書の内容を通知することで、遺留分侵害額請求(相続での最低限の取り分を侵害された場合の請求)の機会などを与え、のちのちのトラブルを防ぐためです。
財産目録の作成・交付義務
遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならないとされています(民法1011条1項)。
こちらも遺言内容の通知と同じく、遺言書による財産取得の有無にかかわらず、相続人全員への交付が必要です。
善管注意義務
遺言執行者には、善管注意義務があるとされています(民法1012条3項、644条)
善管注意義務とは善良な管理者の注意義務であり、自分のものを管理するよりも一段高い注意義務が課されているということです。
経過と結果の報告義務
遺言執行者には、次の2つの報告義務が課されています(民法1012条3項、民法645条)。
- 相続人から請求があった際に、事務処理の状況を報告する義務
- 執行の終了時に、遅滞なくその経過と結果を報告する義務
受取物の引き渡し義務
遺言執行者は、遺言執行にあたって受け取った金銭その他の物を、相続人などに引き渡さなければならないとされています(民法1012条3項、民法646条)
遺言執行者は業務の遂行にあたり、関係者から金銭や物を預かる機会が少なくありません。
これは単に預かっただけですので、当然ながら相続人などに引き渡すことが必要となります。
遺言執行者の選任方法
遺言執行者は、どのように選任すればよいのでしょうか。
選任方法は、次の2つです。
遺言書で指定する
遺言執行者を指定するもっとも基本の方法は、遺言書内で指定することです。
遺言書内に次のような条項を入れることで、遺言執行者を指定することができます。
第〇条 本遺言の執行者として、遺言者の長男である 相続太郎 を指定する。
遺言書で遺言執行者を指定するにあたっては、事前に遺言執行者の候補者に同意を得る必要はありません。
ただし、弁護士などの専門家を遺言執行者として指定する場合には、必ず事前に専門家の同意を得ておきしょう。
面識のない相手などから一方的に指定をされた場合には、遺言執行者を引き受けてもらえない可能性が高いためです。
また、親族や知人を遺言執行者として指定する場合にも、可能な限り事前に同意を得ておくことをおすすめします。
なぜなら、遺言書で指定された遺言執行者は就任を辞退することも可能であり、あらかじめ同意を得ておかなければ、辞退される可能性があるためです。
また、あらかじめ遺言書の存在と執行者に指定したことを遺言執行者の候補者に知らせておくことで、相続が起きた後、スムーズに執行してもらえる可能性が高くなるでしょう。
家庭裁判所に選任してもらう
遺言書で遺言執行者が指定されていない場合や、遺言書で指定された遺言執行者が就任を拒否したり就任できない事情があったりする場合には、家庭裁判所で遺言執行者を選任してもらいます。
遺言執行者の選任を家庭裁判所に申し立てるにあたっては、候補者を挙げることが可能です。
特に問題がなければ、その候補者がそのまま選任されることになるでしょう。
遺言執行者は誰に頼めばよい?
遺言執行者は、誰に依頼すればよいのでしょうか。
遺言執行者になれる人と適任者は、それぞれ次のとおりです。
遺言執行者になれる人
遺言執行者になるために、特別な資格は必要ありません。
未成年者と破産者でさえなければ、誰でも遺言執行者になることができます(民法1009条)。
また、その遺言書で遺産をもらう予定の人が、遺言執行者になることも可能です。
ただし、遺言書で遺産を一切渡さない親族などを遺言執行者に指定してしまえば、遺恨が生じてしまいかねません。
そのため、次の2つのパターンから検討することが一般的でしょう。
- 遺言書で遺産を渡す相手
- 遺言書の作成サポートを受けた専門家
弁護士などの専門家を遺言執行者とすべきケース
親族などを遺言執行者とした場合には原則として報酬は発生しない一方で、弁護士などの専門家を遺言執行者にした場合には、報酬の支払いが必要です。
では、弁護士などの専門家を遺言執行者とすべきなのは、どのようなケースなのでしょうか。
主なケースは、次のとおりです。
トラブルが予想される場合
遺言執行に関してトラブルが予見される場合には、遺言執行者に弁護士を指定したほうがよいでしょう。
たとえば、もともと相続人同士の関係性がよくない場合や、非常に偏った内容の遺言書である場合などです。
中立な立場の弁護士を遺言執行者としておくことで、相続人間の感情的な対立を回避し、トラブルの防止につながります。
遺言を確実に執行してほしい場合
遺言を確実に執行してほしい場合には、弁護士などの専門家を遺言執行者に指定しておくとよいでしょう。
たとえば、相続人が存在するにもかかわらず遺産の多くを寄付するような内容の遺言書である場合には、相続人がその内容を快く思わなかった場合、遺言を放置されるリスクがあるでしょう。
また、障害のある二女に多くの遺産を相続させるとの内容の遺言書を遺したにもかかわらず、長女が二女を言いくるめ、遺言書を無視して手続きを進めてしまう事態も考えられます。
そこで、遺言執行者を弁護士などの専門家としておくことで、相続人が遺言書を黙殺するような事態を防ぐことが可能となります。
遺言執行者の適任者がいない場合
親族などに遺言執行者の適任者がいない場合には、弁護士などの専門家に遺言執行者を依頼することとなります。
たとえば、親族はいるもののみな高齢であり、遺言執行を頼める状況にない場合などです。
また、親族とは縁が遠くなっているなかで遺言により全財産を寄付(遺贈)する場合などにも、親族には遺言執行者を依頼しづらいでしょう。
家族に負担をかけたくない場合
遺言執行者としての職務は、慣れない人にとって非常に煩雑です。
また、家族間の関係性がよくない場合には、遺言執行者に精神的な負担が生じる場合もあるでしょう。
そのような場合には、弁護士などの専門家に遺言執行者を依頼することをおすすめします。
専門家が遺言執行を行うことで、家族にかける手間を最小限に抑えることが可能となるためです。
執行内容が複雑である場合
遺言の内容が複雑である場合に、家族に執行を依頼すれば、家族に多大な負担が生じてしまいます。
この場合には、弁護士などの専門家に執行を依頼するとよいでしょう。
たとえば、預貯金や証券口座などが多数存在している場合や、遺言で一般財団法人の設立などをしようとしている場合などです。
廃除や廃除の取り消しの手続きを希望する場合
上で紹介をした相続人の廃除や廃除の取り消しの手続きをするためには、家庭裁判所への申し立てが必要です。
このような手続きを専門家以外の人が行おうとすれば、多大な負担が生じてしまうことでしょう。
そのため、廃除などの手続きを前提とした遺言書である場合には、弁護士などの専門家を遺言執行者とすることをおすすめします。
遺言執行者の報酬額の目安
法律上、遺言執行者への報酬支払いは必須ではありません。
実際に、家族などを遺言執行者に指定する場合には、無報酬をすることが多いでしょう。
一方、弁護士などの専門家を遺言執行者とする場合は、報酬の支払いが必要なのが通常です。
遺言執行者の報酬は事務所の報酬体系などによって異なっており、一律ではありません。
一般的には、遺産総額の1%から3%程度とされることが多いでしょう。
あわせて、30万円から100万円程度の最低報酬が定められることが一般的です。
また、執行を依頼する遺言の内容などによっても、報酬額が変動することがあります。
そのため、正確な報酬額を知りたい場合には、遺言執行の依頼を検討している事務所へ、あらかじめ確認しておくとよいでしょう。
まとめ
遺言執行者とは、遺言書をその内容どおりに実現する者です。
遺言書を作成する際には、遺言書内で遺言執行者を指定しておくと、手続きがスムーズになるでしょう。
遺言執行者となるために特別な資格は必要なく、未成年者と破産者以外であれば、誰であっても構いません。
ただし、確実に遺言書を執行してほしい場合やトラブルが予見される場合、遺言の内容が複雑である場合などには、弁護士などの専門家を遺言執行者に指定しておくと安心です。
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