吸収分割の手法の一つに、略式吸収分割があります。
略式吸収分割とはどのようなものを指すのでしょうか?
また、略式吸収分割では、どのような手続きをどのようなスケジュールで行う必要があるのでしょうか?
今回は、略式吸収分割について弁護士がくわしく解説します。
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略式吸収分割とは
はじめに、略式吸収分割の概要と、略式吸収分割の手法で吸収分割をするための要件について解説します。
略式吸収分割の概要
略式吸収分割とは、特別支配関係にある会社同士が吸収分割をする場合において、被支配会社側の株主総会決議を省略して行う吸収分割です。
一定の要件を満たすことで、次のいずれの場合であっても、被支配会社側の株主総会決議を省略できます。
- 被支配会社が分割会社になる場合
- 被支配会社が承継会社になる場合
株主総会が省略できることで、手続きの負担や吸収合併までの期間の短縮につながります。
略式吸収分割ができる場合
略式吸収分割をするには、次の要件をいずれも満たす必要があります。
- 特別支配関係にある会社同士の吸収分割であること(会社法784条1項、796条1項本文)
- 「承継会社が被支配会社であり、吸収分割に際して分割会社に対して承継会社の譲渡制限株式を交付する場合で、承継会社が公開会社ではないとき」に該当しないこと(会社法796条1項但書)
なお、「特別支配関係」とは、一方の会社がもう一方の会社の議決権のうち10分の9以上を有している状態を指します。
ただし、被支配会社の定款で、これを上回る割合を定めることができます(会社法468条1項)。
略式吸収分割で必要となる手続きとスケジュール例
略式吸収分割をするには、どのような手続きが必要なのでしょうか?
ここでは、承継会社が特別支配会社、分割会社が被支配会社であることを前提に、略式吸収合併に必要となる主な手続きとスケジュールの例を紹介します。
日程 | 承継会社 | 分割会社 |
吸収分割の計画立案
吸収分割契約承認取締役会 吸収分割契約の締結 適時開示 保振機構への通知 臨時報告書の提出 |
吸収分割の計画立案
吸収分割契約承認取締役会 吸収分割契約の締結 適時開示 保振機構への通知 臨時報告書の提出 |
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労働組合等との協議開始
労働者との協議開始 |
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株主総会招集のための取締役会 | ||
労働者への通知
労働組合への通知 労働者異議申出手続 |
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株主総会招集のための取締役会 | ||
労働者への通知
労働組合への通知 労働者異議申出手続 |
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(有価証券届出書・有価証券通知書の提出) | ||
6/10 | 株主総会招集通知発送 | |
事前開示書類等備置開始 | 事前開示書類等備置開始 | |
6/11 | 株主総会の日の2週間前 | |
反対株主の吸収分割に反対する旨の会社に対する通知 | ||
労働者異議申出手続期日 | ||
6/25 | 吸収分割契約承認株主総会 | |
臨時報告書の提出 | ||
債権者に対する公告・催告 | 債権者に対する公告・催告 | |
債権者異議手続 | 債権者異議手続 | |
株主に対する通知又は公告 | 株主に対する通知又は公告 | |
反対株主の株式買取請求 | 反対株主の株式買取請求 | |
(保振機構への通知) | (保振機構への通知) | |
9/30 | 分割期日の前日 | 分割期日の前日 |
10/1 | 分割期日(効力発生日) | 分割期日(効力発生日) |
分割対価の交付 | 分割対価の交付 | |
(保振機構への通知) | ||
事後開示書類等備置開始 | 事後開示書類等備置開始 | |
公正取引委員会への完了報告書の提出 | 公正取引委員会への完了報告書の提出 | |
10/12 | 分割変更登記 | 分割変更登記 |
なお、必要な手続きは状況によって異なる可能性があります。
略式吸収合併をしようとする際は、組織再編にくわしい弁護士へご相談ください。
公正取引委員会への届出
「吸収分割によって一定の取引分野における競争が実質的に制限されることとなる場合」など一定の場合は、吸収分割をすることができません(独禁法15条の2 1項)。
また、一定の場合には吸収合併についてあらかじめ公正取引委員会に届け出る必要があります(同法15条の2 2項)。
ただし、略式吸収合併の要件を満たす場合は「同一企業集団に属する会社間での吸収分割」に該当するため、この届出は不要です。
取締役会の開催
取締役会を開催し、吸収分割契約の内容を決定します(会社法362条4項)。
なお、略式吸収分割による場合、被支配会社が一定の監査等委員会設置会社であるときは、被支配会社ではこの決定を取締役に委任できます(同399条の13 5項18号)。
吸収分割契約の締結
取締役会などで吸収分割契約の内容を決定したら、当事会社同士で吸収分割契約を締結します(同757条)。
吸収分割契約では、次の事項を定める必要があります(同758条)。
- 分割会社と承継会社の商号と住所
- 承継会社が吸収分割によって分割会社から承継する資産、債務、雇用契約その他の権利義務に関する事項
- 吸収分割によって分割会社または承継会社の株式を承継会社に承継させるときは、その株式に関する事項
- 承継会社が吸収分割に際し、分割会社に対してその事業に関する権利義務の全部または一部に代わる金銭等(金銭、株式、社債など)を交付するときは、その金銭等の額や数、算定方法などに関する事項
- 承継会社が吸収分割に際し分割会社の新株予約権者に対してその新株予約権に代わる承継株式会社の新株予約権を交付するときは、その新株予約権の内容や数、算定方法、割当てに関する事項など
- 吸収分割の効力発生日
- 分割会社が効力発生日に全部取得条項付種類株式の取得や剰余金の配当を行うときは、その旨
なお、吸収分割契約書は書面で作成することが原則です。
書面とすることで、後のトラブルを避けやすくなるほか、契約書は適時開示や登記の添付書類となるためです。
適時開示等
適時開示とは、投資判断に重要な影響を与える会社の情報を「有価証券上場規程」に定める規則に従って公表することです。
当事会社が上場会社である場合、業務執行機関が吸収分割を決定したら、直ちにその内容を開示するとともに、所定の書類を提出しなければなりません(上場規程402条1項1号、同421条1項)。
振替株式を発行している場合は、保振機構への通知も必要です。
臨時報告書の提出
当時会社が有価証券報告書提出会社である場合、業務執行機関が一定の吸収分割を行うことを決定したら、遅滞なく内閣総理大臣(財務局長など)へ臨時報告書を提出しなければなりません(金商法24条の5 4項)。
臨時報告書に記載すべき主な事項は次のとおりです。
- 相手会社の商号、本店所在地、代表者氏名、資本金額、純資産額、総資産額、事業の内容
- 相手会社の直近3年間に終了した各事業年度の売上高、営業利益、経常利益、純利益
- 相手会社の大株主の氏名または名称、発行済株式総数に占める持株割合
- 相手会社との資本関係、人的関係、取引関係
- 吸収分割の目的
- 吸収分割の方法、分割会社に割り当てられる承継会社の株式数その他の財産の内容、その他の吸収分割契約の内容
- 吸収分割に係る割当て内容の算定根拠
- 吸収分割後における承継会社の商号、本店所在地、代表者氏名、資本金額、純資産額、総資産額、事業の内容
- 吸収分割に係る割当ての内容が承継会社の株式、社債、新株予約権、新株予約権付社債以外の有価証券である場合、その有価証券の発行者に関する一定の事項
これらの事項に変更が生じたら、訂正報告書の提出も必要です(同5項)。
労働者との協議
分割会社は、通知期限日(吸収分割契約の締結日から2週間を経過する日)までに、次の者との間で一定事項の協議をしなければなりません(商法等改正法附則5条、平成12年12月27日労働省告示第127号 第2-4(1)イ)。
- 承継される事業に従事している労働者
- 承継される事業に従事していない労働者のうち、吸収分割契約において、承継会社が承継する労働契約の対象となっている者
これらの者と協議すべき事項は、次の内容などです。
- その労働者に係る労働契約の承継の有無
- その労働者が従事することを予定されている業務の内容
- 就業場所などの就業形態
この協議をする際は、次の事項などを十分に説明したうえで本人の希望を聴取しなければなりません。
- その労働者が勤務することとなる会社の概要
- 効力発生日以後における分割会社と承継会社の債務の履行の見込みに関する事項
- 労働者が「労働契約承継法」に掲げる労働者に該当するか否かの考え方
また、個々の労働者との協議を開始する前には、労働組合(ない場合は、労働者の過半数を代表する者)との間で協議をすることなどで、労働者の理解や協力を得るよう努めるべきとされています(労働契約承継法7条)。
労働者による異議申出手続き
分割会社は通知期限日までに、一定の労働者に対して一定の事項を書面で通知しなければなりません(労働契約承継法2条1項、労働契約承継法施行規則1条・2条)。
この通知は、次のうちいずれか早い日と同日に行うことが望ましいとされています。
- 事前開示の開始日
- 吸収分割契約を承認する株主総会の招集通知発送日
また、承継事業主要従事労働者との労働契約を承継会社が承継する旨の規定が吸収分割契約にない場合は、労働者は書面で異議を申し出ることができます。
この申出期間は、「労働契約承継法上の通知がされた日」から「効力発生日の前日までの期間内で分割会社が定める日(異議申出期限日)」までです(労働契約承継法4条3項2号)。
ただし、通知日から異議申出期限日までには、少なくとも13日を置かなければなりません(同2項)。
有価証券届出書の提出等
次のすべてに該当する場合などには、内閣総理大臣(財務局長など)に対して有価証券届出書の届出をしなければなりません(金商法4条1項)。
- 吸収分割において、分割会社に承継会社の有価証券が発行される
- その吸収分割に係る分割会社による事前開示書類の据置きが、特定組織再編成発行手続または特定組織再編成交付手続に該当する
- 分割会社が開示会社である
- 分割会社に発行または交付される有価証券について開示が行われていない
- 発行価額または売出価額の総額が1億円以上である
この有価証券届出書は、原則として受理から15日を経過しないと効力を生じません。
そのため、遅くとも効力発生日の15日前までに受理されるよう届け出る必要があります。
ただし、申出によって期間を短縮できる場合があります。
なお、有価証券届出書の提出が不要な場合でも、売出価額の総額が1,000万円を超えるなど一定の場合には「有価証券通知書」の提出が必要となります。
事前開示
吸収分割の当事会社は、吸収分割契約の内容など所定の事項を記載した書面等を作成したうえで、本店に備え置かなければなりません。
据え置くべき期間は、次のうちいずれか早い日から、吸収分割の効力発生日後6か月を経過する日までです(同782条1項、2項、同794条1項、2項)。
- 吸収分割契約承認株主総会の2週間前の日
- 反対株主の株式買取請求に係る通知または公告の日のいずれか早い日
- 新株予約権買取請求に係る通知または公告の日のいずれか早い日
- 債権者異議手続の催告または公告の日のいずれか早い日
- 吸収分割契約締結日から2週間を経過した日
この事前開示書類等は、会社の株主や債権者が閲覧できます。
吸収分割契約承認株主総会
特別支配会社である承継会社は、効力発生日の前日までに株主総会の特別決議による承認を受けなければなりません(会社法795条1項)。
一方、略式吸収分割であるため、被支配会社である分割会社は株主総会決議による承認が不要です。
債権者異議手続
分割会社の一定の債権者(吸収分割後に、分割会社に対して債務の履行を請求できなくなる債権者など)と承継会社のすべての債権者は、債権者異議手続の対象となります。
異議申し立ての機会を確保するため、会社は知れている債権者に対して一定の事項を個別で催告したうえで、公告をしなければなりません(同789条2項、799条2項)。
ただし、官報や定款で定めた所定の方法で公告をする場合には、個別での催告は不要となります。
債権者による異議申述期間は、1か月以上を確保する必要があります(同789条2項)。
催告や公告から1か月を経過しないと吸収分割の効力が生じないため、効力発生日の前日までには異議申述期間を終了させるようにスケジュールを設定してください。
反対株主の株式買取請求
吸収分割に反対する株主は、次の2つの要件を満たす場合、会社に対して株式の買い取りを請求できます(同785条1項)。
- 株主総会に先立って、吸収分割に反対する旨を会社に対して通知したこと
- 株主総会で吸収分割に反対したこと
買取請求ができる期間は、効力発生日の20日前から前日までです。
なお、略式吸収分割の場合、分割会社である被支配会社では株主総会が行われません。
そのため、被支配会社の株主のうち特別支配会社以外の者は、上記の要件にかかわらず株式買取請求をすることができます(同785条2項2号)。
登録株式質権者等に対する通知または公告
分割会社は、登録株式質権者などに対して、吸収分割をする旨の通知または公告をしなければなりません(同783条5項、6項)。
この通知は、吸収分割の効力発生日の20日前までに行います。
振替機関への通知
承継会社は、次のいずれにも該当する場合、効力発生日後遅滞なく振替機関に通知しなければなりません。
- 承継会社が分割会社に対し、分割の対価として振替株式を交付する
- 承継会社が振替株式を新規で発行する
また、振替株式である自己株式を交付するときは、振替申請を行います。
効力発生日
あらかじめ定めた効力発生日に、吸収分割の効力が生じます。
この日において、分割会社の権利義務が承継会社に承継されます。
分割対価の交付
吸収分割の分割対価を交付します。
分割対価は承継会社の株式とすることが多いものの、社債や新株予約権、金銭、親会社など他の会社の株式などとすることもできます(同758条1項4号)。
事後開示
分割会社は、承継会社と共同して、効力発生日後遅滞なく一定の事項を記載した書面等を作成し、本店に備え置かなければなりません。
これを、「事後開示」といいます。
事後開示をすべき期間は、効力発生日から6か月間です(同791条2項)。
また、当事会社が上場会社である場合は、効力発生日後速やかに事後開示書類の写しを証券取引所に提出しなければなりません。
登記申請
吸収分割の登記申請を行います。
登記申請は、分割会社と承継会社それぞれが、効力発生日から2週間以内に行わなければなりません(同923条)。
まとめ
略式吸収分割に必要な手続きと、スケジュールの例について解説しました。
特別支配関係にある会社同士が吸収分割をする場合は、略式吸収分割を選択できます。
略式吸収分割では被支配会社の株主総会決議を省略することが可能です。
略式吸収分割をしようとする際は、必要な手続きを漏らさないよう、組織再編に強い弁護士へご相談ください。
記事監修者
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