吸収分割の手法の一つに、簡易吸収分割があります。
簡易吸収分割とはどのような手法を指すのでしょうか?
また、簡易吸収分割をしようとする際は、どのような手続きをどのようなスケジュールで行えばよいのでしょうか?
今回は、簡易吸収分割制度に必要な手続きやスケジュールについて、弁護士がくわしく解説します。
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簡易吸収分割とは
はじめに、簡易吸収分割の概要を解説します。
吸収分割とは
会社分割とは、既存の会社の全部または一部を切り出したうえで、切り出した権利義務を他社に承継させる組織再編手法です。
会社分割には、次の2つがあります。
- 吸収分割
- 新設分割
このうち「吸収分割」とは、既存の会社に権利義務を承継させる会社分割です。
一方、「新設分割」とは、新たに設立した会社に権利義務を承継させる会社分割を指します。
なお、権利義務を切り出す会社を「分割会社」といい、権利義務を承継する会社を「承継会社」といいます。
簡易吸収分割の概要
簡易吸収分割とは、一定の要件を満たすことで、分割会社や承継会社での株主総会の承認を省略できる制度です。
株主総会が不要となるため、手続きの負担を軽減できるほか、吸収分割までの期間を短縮可能です。
簡易吸収分割をする要件
簡易吸収合併では、株主総会の承認を経ることなく吸収合併を行います。
そのため、株主への影響が少ない場合でなければ、簡易吸収分割をすることはできません。
簡易吸収分割をするために必要となる主な要件は、それぞれ次のとおりです。
分割会社で簡易吸収分割を利用するための要件
分割会社が簡易吸収分割を利用できるのは、「吸収分割によって承継会社に承継させる資産の帳簿価格の合計額」が、分割会社の総資産額の5分の1を超えない場合です(会社法784条2項)。
なお、5分の1より小さい割合を、定款で定めることもできます。
この要件を満たす場合は、吸収分割をするにあたって分割会社での株主総会が不要となります。
承継会社で簡易吸収分割を利用するための要件
承継会社が簡易吸収分割を利用できるのは、次の額の合計額が、承継会社の純資産額の5分の1を超えない場合です(会社法796条2項)。
ただし、5分の1より小さい割合を定款で定めることもできます。
- 分割会社に交付する承継会社の株式数に、1株あたりの純資産額を乗じて得た額
- 分割会社に対して交付する、承継会社の社債などの財産の帳簿価格の合計額
この要件を満たす場合は、原則として吸収分割をするにあたって承継会社での株主総会が不要となります。
ただし、次のケースでは承継会社の株主総会決議を省略することはできません。
- 承継会社に分割差損が生じる場合
- 承継会社が公開会社でない場合であって、吸収分割に際して承継会社の譲渡制限株式を交付する場合
- 一定の株式数を有する株主が、所定の期間内に、吸収分割に反対する旨を承継会社に通知した場合
簡易吸収分割に必要な手続きとスケジュール例
簡易吸収分割は、どのような手続きで進めればよいのでしょうか?
ここでは、次の前提で、必要となる主な手続きとスケジュールの例を紹介します。
- 分割会社と承継会社がともに、取締役会設置会社である株式会社である
- 承継会社が、株主総会決議を省略する
日程 | 承継会社 | 分割会社 |
基本合意・秘密保持契約
デューデリジェンス 適時開示 保振機構への通知 臨時報告書の提出 |
基本合意・秘密保持契約
デューデリジェンス 適時開示 保振機構への通知 臨時報告書の提出 |
|
労働者との協議 | ||
吸収分割契約承認取締役会 | 吸収分割契約承認取締役会 | |
吸収分割契約の締結 | 吸収分割契約の締結 | |
株主総会招集のための取締役会 | ||
労働者への通知
労働組合への通知 |
||
労働者異議申出手続 | ||
(有価証券届出書・有価証券通知書の提出) | ||
6/10 | (種類株主総会招集通知発送) | 株主総会招集通知発送 |
事前開示書類等備置開始 | 事前開示書類等備置開始 | |
6/11 | 種類株主総会の日の2週間前 | |
反対株主の吸収分割に反対する旨の会社に対する通知 | ||
労働者異議申出手続期日 | ||
6/25 | 吸収分割契約承認株主総会 | |
種類株主総会 | 臨時報告書の提出 | |
公正取引委員会への吸収分割届出の届出受理 | 公正取引委員会への吸収分割届出の届出受理 | |
債権者に対する公告・催告 | 債権者に対する公告・催告 | |
債権者異議手続 | 債権者異議手続 | |
株主に対する通知又は公告 | 株主に対する通知又は公告 | |
反対株主の株式買取請求 | ||
登録株式質権者等に対する通知又は公告 | ||
(保振機関への通知) | (保振機関への通知) | |
分割禁止期間の経過 | 分割禁止期間の経過 | |
9/30 | 分割期日の前日 | 分割期日の前日 |
10/1 | 分割期日(効力発生日) | 分割期日(効力発生日) |
分割対価の交付 | 分割対価の交付 | |
(保振機関への通知) | ||
事後開示書類備置開始 | 事後開示書類備置開始 | |
10/12 | 分割変更登記 | 分割変更登記 |
ただし、実際には会社の状態や定款の規定、上場の有無などによって必要な手続きやスケジュールは異なることがあります。
そのため、実際に簡易吸収分割を進めようとする際は、組織再編にくわしい弁護士のサポートを受けてスケジュールを設定することをおすすめします。
公正取引委員会への届出
独占禁止法(以下、「独禁法」といいます)の規定により、次の吸収分割は禁じられています(独禁法15条の2 1項)。
- 吸収分割により、一定の取引分野における競争が実質的に制限されることとなる場合
- 吸収分割が、不公正な取引方法によるものである場合
また、次の条件の両方にあてはまる場合などには、吸収分割に関する計画をあらかじめ公正取引委員会に届け出ることが必要です(同3項)。
- 事業の全部を承継させようとする分割会社と、分割会社が属する一定の企業結合集団の国内売上高合計額が、200億円を超える
- 承継会社の国内売上高合計額が50億円を超える
届出の受理から30日を経過するまでは吸収分割ができないため、効力発生日から逆算してスケジュールを設定しましょう。
ただし、これらに該当する場合でも、吸収分割をしようとするすべての会社が同一企業集団に属する場合は、届出は必要ありません。
届出要否の判断に迷う場合などには、弁護士へご相談ください。
適時開示等
吸収分割をしようとする会社が上場している場合は、適時開示が必要です。
適時開示とは、投資判断材料の提供の機能を果たすため、会社に一定の重要な変更が生じた際に情報を開示する手続きです。
そのため、業務執行機関が吸収分割を決定したら直ちにその内容を開示するとともに、所定の書類を提出しなければなりません(上場規程402条1項1号、同421条1項)。
また、会社が振替株式を発行している場合は、保振機構への速やかな通知も必要です。
臨時報告書の提出
吸収分割をしようとする会社が有価証券報告書提出会社である場合は、内閣総理大臣(財務局長など)への臨時報告書の提出が必要です。
業務執行機関が吸収分割を決定したら、遅滞なく、臨時報告書を提出しなければなりません(金商法24条の5・4項)。
臨時報告書に記載すべき事項は、次のとおりです。
- 吸収分割の相手会社の商号、本店所在地、代表者氏名、資本金額、純資産額、総資産額、事業の内容
- 相手会社の直近3年間に終了した各事業年度の売上高、営業利益、経常利益、純利益
- 相手会社の大株主の氏名または名称、発行済株式総数に占める持株割合
- 相手会社との資本関係、人的関係、取引関係
- 吸収分割の目的
- 吸収分割の方法、分割会社に割り当てられる承継会社の株式数その他の財産の内容、その他の吸収分割契約の内容
- 吸収分割に係る割当て内容の算定根拠
- 吸収分割後における承継会社の商号、本店所在地、代表者氏名、資本金額、純資産額、総資産額、事業の内容
- 吸収分割に係る割当ての内容が承継会社の株式、社債、新株予約権、株予約権付社債以外の有価証券である場合、その有価証券の発行者に関する一定の事項
開示後にこれらの事項に変更が生じたら、訂正報告書の提出も必要です(同5項)。
労働者との協議
分割会社は、通知期限日までに次の者との間で一定事項の協議をしなければなりません(平成12年12月27日労働省告示第127号 第2-4(1)イ)。
- 承継される事業に従事している労働者
- 承継される事業に従事していない労働者のうち、吸収分割契約で承継会社が承継する労働契約の対象となっている者
協議すべき事項は次の内容などです。
- その労働者に係る労働契約の承継の有無
- その労働者が従事することを予定されている業務の内容
- 就業場所
- その他の就業形態等
この協議をするにあたっては次の事項などを十分に説明し、本人の希望を聴取しなければなりません。
- その労働者が勤務することとなる会社の概要
- 効力発生日以後における分割会社と承継会社の債務の履行の見込みに関する事項
- 労働者が「労働契約承継法」に掲げる労働者に該当するか否かの考え方
ほかにも、職務の内容などの変更がある労働者にはその内容を説明するなど、労働者に対する配慮や説明が求められます。
対労働者の手続きや協議でお困りの際は、弁護士へご相談ください。
吸収分割承認取締役会の開催
吸収分割契約の内容の決定は、取締役会で行います(会社法362条4項)。
ただし、簡易吸収分割の場合、監査等委員会設置会社であるときは、吸収分割契約の内容の決定を取締役に委任できます(会社法399条の13・ 5項18号、6項)。
吸収分割契約の締結
取締役会で内容を決定したら、分割会社と承継会社とで吸収分割契約を締結します(同757条)。
吸収分割契約では、次の事項を規定します(同758条)。
- 分割会社と承継会社の商号と住所
- 承継会社が吸収分割により分割会社から承継する資産、債務、雇用契約その他の権利義務に関する事項
- 吸収分割により分割会社または承継会社の株式を承継会社に承継させるときは、その株式に関する事項
- 承継会社が吸収分割に際し分割会社に対してその事業に関する権利義務の全部または一部に代わる金銭等(金銭、株式、社債など)を交付するときは、その金銭等の額や数、算定方法などに関する事項
- 承継会社が吸収分割に際し分割会社の新株予約権者に対してその新株予約権に代わる承継株式会社の新株予約権を交付するときは、当該新株予約権の内容や数、算定方法、割当てに関する事項など
- 吸収分割の効力発生日
- 分割会社が効力発生日に全部取得条項付種類株式の取得や剰余金の配当を行うときは、その旨
労働者による異議申出手続き
分割会社は、一定の労働者に対して吸収分割承認株主総会の2週間前の日の前日までに、一定事項を書面で通知しなければなりません。
この期限を「通知期限日」といいます。
また、吸収分割契約に労働契約を承継会社へ承継させる旨の記載がない労働者は、書面による異議申出が可能です(労働契約承継法4条)。
この異議申出期間は、「通知期限日の翌日から吸収分割契約承認株主総会の前日まで」のうち、会社が定める期間です。
有価証券届出書の提出等
次のすべてに該当するなど一定の場合には、内閣総理大臣(財務局長など)に対して有価証券届出書の届出をしなければなりません(金商法4条1項)。
- 吸収分割において、分割会社に承継会社の有価証券が発行される
- その吸収分割に係る分割会社による事前開示書類の備置きが、特定組織再編成発行手続または特定組織再編成交付手続に該当する
- 分割会社が開示会社である
- 分割会社に発行または交付される有価証券について開示が行われていない
- 発行価額または売出価額の総額が1億円以上である
有価証券届出書の提出は、原則として受理から15日を経過しないと効力を生じません。
そのため、遅くとも効力発生日の15日前までに受理されるよう届け出る必要があります。
ただし、申出によって期間を短縮できる場合があります。
なお、有価証券届出書の提出が不要な場合でも、一定の場合には有価証券通知書の提出が必要となります。
事前開示
吸収分割の当事会社は、吸収分割契約の内容など一定事項を記載した書面等を作成し、本店に備え置かなければなりません。
事前開示書類等は、株主や債権者が閲覧できます。
備え置くべき期間は、次のうちいずれか早い日から、吸収分割の効力発生日後6か月を経過する日までです(同782条1項、2項、同794条1項、2項)。
- 吸収分割契約承認株主総会の2週間前の日
- 反対株主の株式買取請求に係る通知または公告の日のいずれか早い日
- 新株予約権買取請求に係る通知または公告の日のいずれか早い日
- 債権者異議手続の催告または公告の日のいずれか早い日
- 吸収分割契約締結日から2週間を経過した日
吸収分割契約承認株主総会
簡易吸収分割の場合、原則として株主総会決議は不要です。
今回は、承継会社が株主総会決議を省略するケースを紹介しているため、分割会社での株主総会は必要となります。
債権者異議手続
分割会社の一定の債権者(吸収分割後に分割会社に対して債務の履行を請求できなくなる債権者など)と承継会社のすべての債権者は、債権者異議手続の対象となります。
債権者による異議申し立ての機会を確保するため、会社は知れている債権者に対して一定の事項を個別で催告したうえで、公告をしなければなりません。
ただし、官報など一定の方法により公告をした場合には、個別催告は不要となります。
債権者による異議申述期間は、1か月以上を確保しなければなりません。
催告や公告から1か月を経過しないと吸収分割の効力を生じさせることができないため、スケジュール設定にご注意ください。
反対株主の株式買取請求
会社分割に反対する株主は、次の要件を満たすことで、会社に対して株式を公正な価格で買い取るよう請求できます(同785条1項)。
- 株主総会に先立って、吸収分割に反対する旨を会社に対して通知したこと
- 株主総会で吸収分割に反対したこと
承継会社が簡易吸収分割をする場合、承継会社の株主は、原則として株式買取請求ができません。
ただし、特別決議を阻止できる一定数の株式を有する株主が、吸収合併に反対する旨を承継会社に通知したときは、承継会社は効力発生日の前日までに株主総会の承認を得る必要が生じます。
この場合には、承継会社の株主も株主買取請求をすることが可能となります。
登録株式質権者等に対する通知または公告
分割会社は、登録株式質権者等へ吸収分割をする旨の通知または公告をしなければなりません(同783条5項、6項)。
この通知は、効力発生日の20日前までに行う必要があります。
振替機関への通知
次のいずれにも該当する場合は、承継会社は効力発生日後遅滞なく、振替機関に通知しなければなりません。
- 承継会社が分割会社に対し、分割の対価として振替株式を交付する
- 承継会社が振替株式を新規で発行する
また、分割対価として交付された承継会社の振替株式を、分割会社が効力発生日において全部取得条項付種類株式の取得対価または剰余金の配当として分割会社の株主に交付する場合は、効力発生日の2週間前までに振替機関に通知しなければなりません。
効力発生日
あらかじめ契約で定めた日に、吸収分割の効力が生じます。
この日をもって、承継会社は分割会社の権利義務を承継します。
分割対価の交付
分割対価を交付します。
分割対価は、承継会社の株式とすることが多いでしょう。
ただし、親会社の株式や社債、新株予約権、金銭などとすることもできます(同758条1項4号)。
事後開示
分割会社は承継者と共同し、効力発生日後遅滞なく一定の事項を記載した書面等を作成し、本店に備え置かなければなりません。
事後開示をすべき期間は、効力発生日から6か月間です(同791条2項)。
登記申請
吸収分割をした場合、分割会社と承継会社はそれぞれ、本店所在地において変更の登記をしなければなりません。
変更登記の期限は、効力発生日から2週間以内です(同923条)。
まとめ
簡易吸収分割の概要や、簡易吸収分割の手続きとスケジュール例を解説しました。
一定の要件を満たす場合は、簡易吸収分割を選択できます。
簡易吸収分割では原則として株主総会決議が省略できるため、手続きの負担と時間を削減しやすいでしょう。
とはいえ、それでも通知や公告など、状況に応じてさまざまな手続きが必要となります。
必要な手続きを漏らさないよう、実際に簡易吸収分割をしようとする際は、弁護士のサポートを受けてスケジュールを設定することをおすすめします。
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