会社分割には、吸収分割と新設分割があります。
このうち吸収分割とは、どのような会社分割を指すのでしょうか?
また、吸収分割をするには、どのような手続きをする必要があるのでしょうか?
今回は、吸収分割に必要な手続きとスケジュールについて、弁護士がくわしく解説します。
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吸収分割とは
会社分割は組織再編の形態の一つであり、会社(分割会社)が有する権利義務の全部または一部を切り出して、これを他の会社(承継会社)に承継させる手法を指します。
このうち、既存の会社に権利義務を承継させるものが「吸収分割」、新たに設立した会社に承継させるものが「新設分割」です。
吸収分割の当事会社の制約
吸収分割は、どのような会社であっても行えるわけではありません。
吸収分割の当事会社は、次のように制限されています。
分割会社
吸収分割で分割会社となれるのは、株式会社と合同会社、特例有限会社(2006年5月1日の改正会社法施行日前から存在する有限会社)です。
一方、合名会社と合資会社は、分割会社となることができません。
承継会社
株式会社や合同会社のほか、合名会社や合資会社も吸収分割の承継会社となることができます。
一方、特例有限会社は承継会社となることができません。
吸収分割に必要な手続きとスケジュール例
吸収分割では、さまざまな手続きが必要となります。
ここでは、分割会社と承継会社がともに株式会社である前提で、一般的に必要となる手続きとスケジュールの例を紹介します。
日程 | 承継会社 | 分割会社 |
吸収分割の計画立案
基本合意・秘密保持契約の締結 デューデリジェンス 適時開示 保振機構への通知 臨時報告書の提出 |
吸収分割の計画立案
基本合意・秘密保持契約の締結 デューデリジェンス 適時開示 保振機構への通知 臨時報告書の提出 労働者・労働組合等との協議開始 労働協約中の吸収分割契約書記載部分の労使合意 |
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吸収分割契約承認取締役会 | 吸収分割契約承認取締役会 | |
吸収分割契約の締結 | 吸収分割契約の締結 | |
株主総会招集のための取締役会 | 株主総会招集のための取締役会 | |
労働者への通知
労働組合への通知 労働者異議申出手続 |
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6/10 | 株主総会招集通知発送 | 株主総会招集通知発送 |
事前開示書類等備置開始 | 事前開示書類等備置開始 | |
6/11 | 株主総会の日の2週間前 | 株主総会の日の2週間前 |
反対株主の吸収分割に反対する旨の会社に対する通知 | 反対株主の吸収分割に反対する旨の会社に対する通知 | |
労働者異議申出手続期日 | ||
6/25 | 吸収分割契約承認株主総会 | 吸収分割契約承認株主総会 |
臨時報告書の提出 | 臨時報告書の提出 | |
公正取引委員会への吸収分割届出の届出受理 | 公正取引委員会への吸収分割届出の届出受理 | |
債権者に対する公告・催告 | 債権者に対する公告・催告 | |
債権者異議手続 | 債権者異議手続 | |
株主に対する通知又は公告 | 株主に対する通知又は公告 | |
反対株主の株式買取請求 | 反対株主の株式買取請求 | |
登録株式質権者等に対する通知又は公告 | ||
(保振機構への通知) | (保振機構への通知) | |
分割禁止期間の経過 | 分割禁止期間の経過 | |
9/30 | 分割期日の前日 | 分割期日の前日 |
10/1 | 分割期日(効力発生日) | 分割期日(効力発生日) |
分割対価の交付 | 分割対価の交付 | |
(保振機構への通知) | ||
事後開示書類備置開始 | 事後開示書類備置開始 | |
公正取引委員会への完了報告書の提出 | 公正取引委員会への完了報告書の提出 | |
10/12 | 分割変更登記 | 分割変更登記 |
ただし、必要となる手続きは会社の状態などによって異なる可能性があります。
そのため、実際に吸収分割をしようとする際は、組織再編にくわしい弁護士にご相談ください。
公正取引委員会への届出
たとえば、あるサービスの上位シェアを占めている会社がそのサービスの提供部門を切り出して、シェア争いをしている他社と吸収分割してしまうと、そのサービスは事実上の寡占状態となり競争が阻害されるおそれがあります。
そこで、独占禁止法(以下、「独禁法」といいます)では、次の場合に吸収分割を禁じています(独禁法15条の2 ・1項)。
- 吸収分割によって一定の取引分野における競争が実質的に制限されることとなる場合
- 吸収分割が不公正な取引方法によるものである場合
また、次の条件の両方にあてはまるなど一定の場合には、原則として、吸収分割に関する計画をあらかじめ公正取引委員会に届け出なければなりません(同3項)。
届出が受理されてから30日を経過するまでは吸収分割ができないため、届出のタイミングに注意しましょう。
- 事業の全部を承継させようとする分割会社と、分割会社が属する一定の企業結合集団の国内売上高合計額が、200億円を超える
- 承継会社の国内売上高合計額が50億円を超える
ただし、これらに該当する場合であっても、同一企業集団に属する企業同士の吸収分割であれば届出は必要ありません。
届出の要否などの判断に迷う場合は、弁護士へご相談ください。
なお、届出の前には公正取引委員会に相談をすることが一般的です。
適時開示等
上場会社である場合、業務執行機関が吸収分割を決定したら直ちにその内容を開示し、所定の書類を提出しなければなりません(上場規程402条1項1号、同421条1項)。
また、振替株式を発行している場合は、保振機構への通知も必要です。
臨時報告書の提出
有価証券報告書提出会社である場合、一定の吸収分割を行うことを業務執行機関が決定したら、遅滞なく内閣総理大臣(財務局長など)へ臨時報告書を提出しなければなりません(金商法24条の5・4項)。
この臨時報告書には、次の事項を記載します。
- 吸収分割の相手会社の商号、本店所在地、代表者氏名、資本金額、純資産額、総資産額、事業の内容
- 相手会社の直近3年間に終了した各事業年度の売上高、営業利益、経常利益、純利益
- 相手会社の大株主の氏名または名称、発行済株式総数に占める持株割合
- 相手会社との資本関係、人的関係、取引関係
- 吸収分割の目的
- 吸収分割の方法、分割会社に割り当てられる承継会社の株式数その他の財産の内容、その他の吸収分割契約の内容
- 吸収分割に係る割当て内容の算定根拠
- 吸収分割後における承継会社の商号、本店所在地、代表者氏名、資本金額、純資産額、総資産額、事業の内容
- 吸収分割に係る割当ての内容が承継会社の株式、社債、新株予約権、株予約権付社債以外の有価証券である場合、その有価証券の発行者に関する一定の事項
また、開示後にこれらの事項に変更が生じたら、訂正報告書の提出が必要です(同5項)。
労働者との協議
後ほど解説するとおり、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下、「労働契約承継法」といいます)の規定により、分割会社は一定の労働者に対して一定事項を通知しなければなりません(労働契約承継法2条1項)。
その通知期限日までに、労働者や一定の労働組合などと協議をすることが必要です。
取締役会の開催
吸収分割契約の内容の決定は、取締役会で行います(会社法362条4項)。
なお、取締役会非設置会社である場合は、定款に別段の定めがある場合を除き、取締役の過半数で契約の内容を決定します(同348条2項)。
吸収分割契約の締結
取締役会で内容を決定したら、当事会社同士で吸収分割契約を締結します(同757条)。
吸収分割契約では、次の事項を定めなければなりません(同758条)。
- 分割会社と承継会社の商号と住所
- 承継会社が吸収分割により分割会社から承継する資産、債務、雇用契約その他の権利義務に関する事項
- 吸収分割により分割会社または承継会社の株式を承継会社に承継させるときは、その株式に関する事項
- 承継会社が吸収分割に際し分割会社に対してその事業に関する権利義務の全部または一部に代わる金銭等(金銭、株式、社債など)を交付するときは、その金銭等の額や数、算定方法などに関する事項
- 承継会社が吸収分割に際し分割会社の新株予約権者に対してその新株予約権に代わる承継株式会社の新株予約権を交付するときは、当該新株予約権の内容や数、算定方法、割当てに関する事項など
- 吸収分割の効力発生日
- 分割会社が効力発生日に全部取得条項付種類株式の取得や剰余金の配当を行うときは、その旨
労働者による異議申立て手続き
分割会社は、承継される事業に従事する従業員などに対し、その者との労働契約の承継の有無など一定の事項を書面で通知しなければなりません(労働契約承継法2条1項)。
通知期限日は、それぞれ次のとおりです(同3項)。
- 分割契約等について株主総会の決議による承認を要するとき:その株主総会日の2週間前の日の前日
- 分割契約等について株主総会の決議による承認を要しないとき:吸収分割契約が締結された日から起算して2週間を経過する日
一定の労働者は、その通知がされた日から異議申出期限日までの間に書面による異議申立てができます。
異議申立期日は、通知期限日の翌日から吸収分割承認株主総会の前日までの期間内のうち会社が定めた日です。
ただし、通知日から異議申立期限日との間は、少なくとも13日を空けなければなりません(同4条2項)。
有価証券届出書の提出等
次のすべてに該当するなど一定の場合には、有価証券の発行会社は、内閣総理大臣(財務局長など)に対して有価証券届出書を提出し届出をしなければなりません(金商法4条1項)。
- 吸収分割において、分割会社に承継会社の有価証券が発行される
- その吸収分割に係る分割会社による事前開示書類の備置きが、特定組織再編成発行手続または特定組織再編成交付手続に該当する
- 分割会社が開示会社である
- 分割会社に発行または交付される有価証券について開示が行われていない
- 発行価額または売出価額の総額が1億円以上である
有価証券届出書の提出は原則として受理から15日を経過しないと効力を生じないため、遅くとも効力発生日の15日前までに受理されるようスケジュールを組む必要があります。
ただし、申出により、この15日の期間を短縮できる場合があります。
なお、発行価額又は売出価額の総額が1億円未満であっても1,000万円を超える場合は、有価証券通知書の提出が必要となります。
事前開示
吸収分割の当事会社は、次の事項を記載した書面等を作成し、本店に備え置かなければなりません。
これらの書類等は、株主や債権者が閲覧できます(会社法782条1項、794条1項)。
- 吸収分割契約の内容
- 分割対価の相当性に関する事項
- 分割会社が吸収分割の効力発生日に全部取得条項付株式の取得または剰余金の配当をすることを決めた場合において、そのための株主総会決議が行われているときはその決議内容
- 分割会社の新株予約権者に交付する承継会社の新株予約権の内容等の相当性に関する事項
- 相手方当事会社の最終事業年度に係る計算書類等の内容
- 当事会社の重要な偶発事象等の内容
- (分割会社)効力発生日以後における分割会社の債務と、承継会社に承継させる債務の履行の見込みに関する事項
- (承継会社)承継会社の債務の履行の見込みに関する事項
- これらの事項に変更が生じたときは、その内容
これらの書類等を据え置く期間は、次のうちいずれか早い日から、吸収分割の効力発生日後6か月を経過する日までです(同782条1項、2項、同794条1項、2項)。
- 吸収分割契約承認株主総会の2週間前の日
- 反対株主の株式買取請求に係る通知または公告の日のいずれか早い日
- 新株予約権買取請求に係る通知または公告の日のいずれか早い日
- 債権者異議手続の催告または公告の日のいずれか早い日
- 吸収分割契約締結日から2週間を経過した日
吸収分割契約承認株主総会
効力発生日の前日までに、当事会社はそれぞれ、吸収分割契約について株主総会の特別決議による承認を受けなければなりません。
なお、承継会社に分割差損が生じる場合、承継会社の取締役は、株主総会でその旨を説明しなければなりません。
上場会社である場合、株主総会で吸収分割が決議されたら、遅滞なく臨時報告書を内閣総理大臣(財務局長など)に提出します。
債権者異議手続
承継会社のすべての債権者と、分割会社の一定の債権者(吸収分割後に分割会社に対して債務の履行を請求できなくなる債権者など)は、債権者異議手続の対象となります。
これらの債権者に異議申し立ての機会を確保するため、会社は一定の事項を知れている債権者に個別で催告するほか、公告をしなければなりません。
ただし、一定の方法により公告をした場合、個別の催告は不要となります。
債権者による異議申述期間は、1か月以上を設けなければなりません。
催告や公告から1か月を経過しないと吸収分割の効力が発生しないため、効力発生日の前日までには債権者異議手続を終了させるようスケジュールを組む必要があります。
反対株主の株式買取請求
会社分割に反対する株主は、次の要件を満たすことで、会社に対して株式を公正な価格で買い取るよう請求できます(同785条1項、797条1項)。
- 株主総会に先立って、吸収分割に反対する旨を会社に対して通知したこと
- 株主総会で吸収分割に反対したこと
買取請求の効果は、吸収分割の効力発生日に生じます。
株式買取請求の機会を確保するため、会社は効力発生日の20日前までに株主に対して次の事項を通知しなければなりません(同785条3項、797条3項)。
- 吸収分割をする旨
- 相手会社の商号と住所
登録株式質権者等に対する通知または公告
分割会社は、効力発生日の20日前までに、登録株式質権者等へ吸収分割をする旨の通知をしなければなりません(同783条5項)。
この通知は、公告に変えることもできます(同6項)。
振替機関への通知
承継会社が分割会社に対して分割の対価として振替株式を交付する場合において、承継会社が振替株式を新規で発行するときは、効力発生日後遅滞なく振替機関に通知しなければなりません。
また、分割対価として交付された承継会社の振替株式を、分割会社が効力発生日において全部取得条項付種類株式の取得対価または剰余金の配当として分割会社の株主に交付する場合は、効力発生日の2週間前までに振替機関に通知しなければなりません。
効力発生日
吸収分割の効力は、原則として、あらかじめ契約で定めた日に生じます。
効力発生日に、承継会社は分割会社の権利義務を承継します。
分割対価の交付
効力発生日後に、分割対価を交付します。
分割対価は承継会社の株式とすることが多いものの、親会社の株式や社債、新株予約権、金銭等その他の財産とすることもできます(同758条1項4号)。
事後開示
分割会社は、効力発生日後遅滞なく一定の事項を記載した書面等を作成し、本店に備え置かなければなりません。
備置くべき期間は、効力発生日から6か月間です(同791条2項)。
登記申請
吸収分割をした場合、分割会社と承継会社は、それぞれ本店所在地において変更登記をしなければなりません。
変更登記の期限は、分割の効力発生日から2週間以内です(同923条)。
まとめ
吸収分割に必要となる主な手続きと、スケジュール設定のポイントについて解説しました。
吸収分割では、取締役会や株主総会のほか、通知や公告など多くの手続きが必要となります。
必要な手続きを漏らさず滞りなく吸収分割ができるよう、あらかじめ必要な手続きを洗い出し、スケジュールを設定しましょう。
実際に吸収分割をしようとする際は、組織再編にくわしい弁護士のサポートを受けて手続きを進めることをおすすめします。
記事監修者
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