交通事故の被害に遭った際、被害者の立場としては「加害者に重い刑事罰を受けてほしい」という心理が働くこともあるでしょう。 しかし、一口に刑事罰といっても、略式起訴されるケースと通常の裁判になるケースとの違いや、加害者がどのような状態で運転していたのかなどにより、さまざまなパターンが存在します。 中でも略式起訴になった場合、加害者には比較的軽い刑事罰が科されることになりますが、ではこれを覆すことは可能なのでしょうか? 前提となる知識も含めて解説します。
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略式起訴では加害者は重い刑罰にならない?
交通事故の被害に遭うと、ケガや後遺症により以前のような生活や仕事が困難になってしまうこともありえます。
そんな交通事故の被害者からしてみれば、賠償金の支払いだけでなく、加害者に重い処罰を受けてほしいと思うのは当然の感情ですよね。
お金の支払いを受けただけで、加害者からの誠意ある謝罪がなかったならなおさらです。
しかし現実的には、ひき逃げや飲酒運転による事故のような重大な事件でない限り、罰金刑だけで終了してしまうようなケースがよくあります。
被害者からすると処分が軽いように感じられてしまうかもしれませんが、加害者が禁錮刑や懲役刑を受ければ、必然的に加害者は仕事ができなくなります。
そうなると収入がなくなり、被害者に対する賠償金の支払いも難しくなってしまうかもしれないのです。
実際のところ、よっぽど悪質なケースでない限り、交通事故では正式裁判ではなく略式裁判が行われるということを覚えておきましょう。
では、「正式裁判」や「略式裁判」とはいったい何でしょうか?
正式裁判と略式裁判の違い
正式裁判
「正式裁判」とは、簡略化されない通常の刑事裁判のことです。
テレビでよく見る一般的なイメージの刑事裁判が正式裁判です。
刑事事件は、検察官が裁判所に裁判を開くよう求めます(起訴)。
そして裁判の中で、加害者に刑罰を科すかどうか、そしてどのような刑罰が適当かを裁判所が判断します。
検察官の起訴により裁判を行うことが請求され、裁判所が受理すると、およそ1か月程度で第1回目の裁判が開かれます。
裁判所で行われる公開裁判において、加害者は被告人として、裁判官の前で検察官によって追及され、最終的に裁判官による判決が言い渡されます。
これが正式裁判の大まかな流れです。
略式裁判
正式裁判を簡略化した裁判手続のことを「略式裁判(略式手続)」といいます。
軽微な事件は交通事故に限らず日常茶飯事に起こっていますが、全ての事件について正式裁判を毎回開くのは大変な手間ですし、時間もかかります。
そこで、裁判所での正式裁判を行わず、書面による判断だけで加害者への刑事罰を決める方法が取られるようになりました。
検察官が簡易裁判所にこの略式裁判を求める手続きが「略式起訴」です。
そして、簡易裁判所の裁判官が検察官の提出した書面の内容を確認し、最終的に「略式命令」として100万円以下の罰金や科料を被告人に課します。
これが略式裁判の流れです。
まとめると、正式裁判と比較した略式裁判の特徴は以下のようなものです。
- ・加害者は裁判に出廷しない
- ・裁判の結論は「判決」ではなく「略式命令」と呼ばれ、書面で交付される
- ・刑罰は100万円以下の罰金または科料のみ
略式裁判が行われる条件
条件1:100万円以下の罰金または科料に相当する犯罪である
先にも紹介しましたが、略式裁判で被告人に科される刑罰は「100万円以下の罰金または科料」のみです。
懲役刑や禁固刑のような刑罰が科せられる重大な犯罪は、略式裁判の対象にはなりません。
被害の大きくない、比較的軽微な犯罪がその対象といえます。
なお、科料とは刑事罰の中で最も軽いものとされており、金額は1,000円から1万円までと少額です。
対する罰金は金額が1万円以上のものを指します。
条件2:加害者が略式裁判に同意している
もう1つの条件は、略式裁判が行われることに加害者が同意していることです。
略式裁判には加害者の反論の機会がありませんので、加害者側が罪を認めていないような場合には、略式裁判ではなく正式裁判が行われることになります。
交通事故において正式裁判が行われるケース
では、どのようなケースで正式裁判が開かれるのでしょう?
それは被害が重大な事件です。
交通事故でいえば、被害者が重大なケガを負った時や、死亡してしまったときが当てはまります。
また、以下のような悪質な違法行為が認められると、逮捕され正式裁判が開かれます。
- ・スピード違反
- ・あおり運転
- ・飲酒運転
- ・ひき逃げ
以上のように、全ての事故において正式裁判が行われるわけではなく、簡略化された略式裁判によって加害者への刑事罰が決まることもあるのです。
略式裁判が終わるとどうなる?
加害者が略式裁判で下された略式命令に従い、罰金を支払うと、それをもって事件は完全に終了となります。
被害者がその結果に不満を持ったとしても、同じ交通事故について再び正式裁判にかけることはできません。
その理由として、「一事不再理」と呼ばれる刑事手続の原則が挙げられます。
これは簡単に言うと、「刑事裁判において、判決が確定した事件をもう1度審理することはできない」ということです。
既に確定判決が出ている以上、同じ事件について同じ加害者が再度起訴されることはないのです。
また、加害者が略式起訴され、略式裁判の手続きが始まった時点で、被害者側から「やはり正式裁判で加害者を裁いてください」と求めることはできなくなります。
略式命令が出た後に不服申し立てができるのも加害者側だけで、被害者側から裁判の結果に異議を申し立てることはできません。
したがって、どうしても加害者に厳罰を求めたいという思いが強ければ、略式起訴が決まる前に正式裁判を求める働きかけが不可欠なのです。
略式起訴ではなく正式裁判にしてほしいのであれば、加害者への処罰感情を示す方法として、刑事告訴が挙げられます。
実際に正式裁判になる見込みがどの程度あるのかわからない場合や、刑事告訴のハードルが高いと感じる場合には、事故に遭った後なるべく早い段階で弁護士に相談するのがよいでしょう。
交通事故で加害者に科せられる刑事罰
最後に、交通事故の加害者に科せられる罰金以上の刑事罰を法律の条文とともにご紹介します。
過失運転致死傷罪
自動車の交通事故では、被害者にケガを負わせた、あるいは死亡させたことが罪に問われることが一般的です。
これを「過失運転致死傷罪」といいます。
過失運転致死傷罪に科せられる刑事罰は、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転処罰法)」第5条に規定されており、内容は以下のとおりです。
自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
つまり、
- ・7年以下の懲役刑か禁錮刑
- ・100万円以下の罰金刑
のどちらか一方が科せられます。
危険運転致死傷罪
特に悪質な行為により事故を起こし、相手をケガさせたり死亡させたりした場合には、過失運転致死傷罪よりも重い「危険運転致死傷罪」が適用されることがあります。
科せられる刑事罰は、「自動車運転処罰法第2条」に規定されており、内容は以下のとおりです。
次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
一 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
三 その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為
四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
五 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
六 通行禁止道路(道路標識若しくは道路標示により、又はその他法令の規定により自動車の通行が禁止されている道路又はその部分であって、これを通行することが人又は車に交通の危険を生じさせるものとして政令で定めるものをいう。)を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
条文をわかりやすく説明すると、危険運転だと認められるのは以下の6パターンです。
- 1.アルコールや薬物を使用の運転
- 2.制御が困難なほどのスピード違反
- 3.無免許運転あるいは運転技能がない状態での運転
- 4.あおり運転や幅寄せなど、故意に人や車の通行を妨害する運転
- 5.信号無視
- 6.通行禁止の道路を高速で運転
科せられる刑事罰は、
- ・ケガを負わせた場合:15年以下の懲役
- ・死亡させた場合:1年以上の有期懲役(原則として20年以下)
です。
負傷者の救護義務違反・危険防止措置義務違反
交通事故を発生させケガ人を出した場合には、直ちにケガ人を救護するとともに、それ以上被害が拡大しないように努めなければなりません。
道路交通法第72条には以下のとおり規定されています。
交通事故が発生した場合、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。
これにはいわゆる「ひき逃げ」が当てはまり、違反した場合は、
- ・5年以下の懲役または50万円以下の罰金
が科せられます。
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