2020年2月に刊行された「シン・ニホン」は「読者が選ぶビジネス書グランプリ2021」の総合グランプリを受賞する大ベストセラーとなった。ヤフー株式会社のCSO(チーフストラテジーオフィサー)を務める著者の安宅和人氏は「日本は伸びしろにあふれている」と語る。政府のコロナ禍対策会議等にも出席し、「ウィズコロナ時代の到来」を初めて提唱した安宅氏に、「シン・ニホン」執筆前と現在とで、どのように社会は変わったのか、変革が進んだのか、話を聞いた。
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DX化では「間に合わない」
デジタル・サステナビリティという側面においては、ようやく最近になってグリーン・トランスフォーメーション(GX)×デジタル・トランスフォーメーション(DX)の議論が進んできましたよね。この点については「シン・ニホン」の中で書いたSociety5.0とSDGsの交点こそ目指すべき(第六章 図6-12)と本質的に同じです。
データ・AIがすべての産業を刷新するだろうという予測も変わりません。また、地球と人間との対立のせめぎあいの中で、共存に向けて答えを探さなければならないという思いも変わりません。大局観としてはそれほど変わっていないという認識です。
ただ、コロナ禍が大きな変革をもたらした点もあります。たとえば、データ×AIによる社会革新は、コロナ禍で3年から5年早まったと思います。強制的に加速させられたわけですね。
「シン・ニホン」執筆時は、フェーズ2(データ×AI化の二次的応用が進むフェーズ)がこれから始まると言っていましたが、コロナ禍を経験した人類はまさにこのフェーズ2のど真ん中に近いところに来ていると感じています。
僕は第三勢力という概念を長らく提唱しています。「リアルとサイバーのちからをかけ合わせた領域での産業や人」という意味です。
産業にはリアルな技術やアセットを中心としたオールドエコノミーと、サイバーな技術を中心としたニューエコノミーがありますが、この「第三勢力」領域がこれからの産業革新の本丸だと2015年頃から訴えてきました。
いわゆるオールドエコノミーがサイバーマインドを持った第三勢力的な会社に生まれ変わることをDXと呼んでいるわけですが、ストラテジストである僕が見る限り、DXでは相当に体力のある企業でも第三勢力ネイティブな連中との戦いに間に合わない。初めから第三勢力的な事業体を作り、そちらを育てて移住させるのが正しい方策だと思います。
オールドエコノミーをを作り変えている暇があるなら、初めから作ってしまい、無事に育ったら一気に移すということですね。かつて富士電気が富士通を作って人を移したように、豊田自動織機がトヨタ自動車を作ったように、同じことをやらないといけない。
DXという言葉を生み出した人間は非常に罪深いと思います。DXは社会をすくい上げる答えではありません。これでは間に合うわけがない。初めから第三勢力である事業体を作って育てて移すのが時代に追いつく唯一解のはずです。
DXを進めることについて異論はありません。しかし本当に必要なのは、新事業を生み出して育て、その企業体へと人材をシフトしていく「新設&移住計画」です。
好機を逃した日本の現状
2022年12月にテスラから世界の販売内訳が出てきました。統計を見るとちょっと驚きますがテスラ車を購入した人の約4割がトヨタ、ホンダ、レクサス、スバルのユーザーです。その他でくくられた不明な購入者がいますが、その中にも日本車ユーザーはいるでしょう。彼らを加えると、おそらく半分は日本車ユーザーがスイッチした。デジタル複写機をリコーが発明したとき、一気にゼロックスからリコーへとユーザーが移ったのと同じことが起こっているんです。かつてのゼロックスtoリコーと同じ動きが、日本車toテスラまたはtoBYD、toヒュンダイとして起こるだろうと思います。
テスラの件ではさらにショックな出来事がありました。
以前、テスラの公式アカウントがツイッターでテスラ車の製造過程をツイートしました。
テスラ車のシャシーは巨大なロボットで作られています。スペースXが開発した特殊合金をイタリアのイドラ社が開発した巨大なロボットが加工して、3〜4つのパーツを組み合わせてできているのです。
このテスラ車を作っている巨大ロボットは、当初、日本のメーカー数社に打診をしたとテスラ内部の方々から聞いています。でもどこも受けなかったのです。「受けなかった」というところがポイントです。
おそらく打診があったのは日本を代表する大企業でしょう。でも受けなかった。このような機械を開発・制作・運用していくのは、かつて日本が一番強い分野だったはずです。
コロナ禍以降、変わったことがあるとすれば、先ほど申し上げたようにフェーズ2へのシフトが早まったところに、日本のメーカーが乗り遅れてより世界から置いてけぼりにされてしまったということです。
僕は「シン・ニホン」でフェーズ2に時代が変わるときこそが狙い目だと書いたわけですよね。でもフェーズ2に変わるときに想定通り日本のメーカーに相談が来た。にもかかわらず、日本のメーカーはその話に乗らなかったということに大変な危機感を抱いています。みすみすチャンスを逃しているわけです。
このイドラ社というメーカーはドイツの企業ですらありません。イタリアのメーカーだというところも考えさせられます。
現在、イドラ社にはBYDも含めた世界中のEVメーカーから注文が殺到しています。
コロナ禍が起きた「原因」
コロナ禍以降にもうひとつ認識が変わったことがあります。今回のパンデミックは構造的に起きたという認識なので、自然災害と同じくらいこれから何回でも起きると思います。
どういう構造的な背景かと言うと、今回のコロナはほぼほぼ謎のコウモリから来たと推定されていますが、これは人間と野生動物が住む世界が近すぎることが原因なんですよね。
この話は「シン・ニホン」にも書きましたが、もっと新しいデータに基づくと、地球上の哺乳類の96%が人間と家畜なんです。野生動物の世界と人間の世界が極めて近接している。だから動物界で発生した感染症が人間の世界にうつってくるんです。
したがってこれは当面致し方ない。天然林がある限り、これから何回でも起こると思います。もちろん「それなら天然林を伐採しよう」という話になるわけがありません。地球の生態系の保持、温暖化のことを考えても、絶対に守り抜いたほうがいい。
たとえばアフリカの地理的にはサハラ砂漠より南の地域では、ながらく死因1位がエイズです。これまで全世界的に約3500万人がエイズで亡くなっていると推定され、その多くがアフリカ。サブサハラ地区では成人のおよそ1/4〜1/3がHIVキャリアと言われています。
そんな環境ですから、多くの子どもも生まれたときからHIVキャリアと言われています。薬の発達で発症はしませんが、HIVキャリアとして生まれる子どもが相当数います。
アフリカではもはやエイズはただの感染症になってしまいました。初めて人類がエイズを認識したとき、エイズはどこからやってきたのかという話になりました。「同性愛者しか感染しない」という説から、「人類が呪われているからだ」という宗教者の訴えまでさまざまな議論がありましたが、蓋を開けてみれば猿からやってきたただの感染症でした。同性愛なんてなにも関係がない。たまたま彼らから広がっただけだったわけです。
つまり、猿と生活空間が接している、または猿を食べるから人間が感染してしまっているんです。
この20〜30年、明らかに感染症が増えています。
エボラ出血熱、デング熱、SARS、MARSと枚挙にいとまがありません。COVIDはSARS2です。今後、SARS3やMARS2といった新しい感染症が出てきてもなんら不思議はありません。きっとどこからかやってきて、また人類を脅かす日が来ると思います。
温暖化が呼び込む感染症
新たな感染症がやってくる大きな背景がもうひとつあります。人類が森を切り開いていく一方で、ますます温暖化が加速していきます。
温暖化が広がると、泥帯や寒帯の氷が溶けていきます。実際にいま、シベリアなどのツンドラでは、地下のメタンなどの爆発に伴い、直径25メートルや50メートルの巨大クレーターが出来始めています。
そのクレーターから炭疽菌など埋もれていた細菌やウイルスが拡散されて、周囲の住民に被害が出ている地域が現れ始めています。つまり、動物界だけではなく、地下からも感染症がやってくるということです。
これは構造的な問題なので、パンデミックはきっとまたやってきます。
現在は眠っている100年前のスペイン風邪も、いつどこから出てきても不思議はありません。ウイルスは地下にいる限りまず死ぬことはありませんから。
3〜5年に1回くらい、どんな感染症がやってきても驚きません。コロナ禍のように世界的に広がることはめったに無いかもしれませんけれどもね。「パンデミック・アバンダント」な時代がやってきたことが明確になったことが、「シン・ニホン」を書く前と現在との大きな違いのひとつと言っていいでしょう。
(2022年12月2日取材)
Profile
安宅 和人 氏
慶應義塾大学環境情報学部教授。Zホールディングス株式会社シニアストラテジスト。
マッキンゼーを経てヤフー。CSOを十年勤めたのち2022年よりZHD(現兼務)。
2016年より慶應義塾SFCで教え、2018年より現職。
データサイエンティスト協会理事・スキル定義委員長。
一般社団法人 残すに値する未来 代表理事。
科学技術及びデータ×AIに関する国の委員会に多く携わる。
東京大学生物化学MS。イェール大学脳神経科学PhD。
著書紹介
- 「シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成」
ニューズピックス刊/2,640円(税込)
現在の世の中の変化をどう見たらいいのか?日本の現状をどう考えるべきか?企業はどうしたらいいのか?膨大なデータとファクトを元に、これからの日本が、日本人が生き残っていくためにはどのような考え方が必要なのかを伝えた大ベストセラー。すでに訪れているAI時代、これからどのような未来が待っているのか、来たるべき未来に向けてどのような準備が必要なのかが分かる。ビジネスマンはもちろん、これからの時代を生きる若者にも広く勧めたい1冊。