2022 FIFAワールドカップ日本代表のボランチとして、チームを牽引し続けた遠藤航選手。ピッチ上で存在感を発揮し、日本代表の決勝トーナメント進出に大いに貢献したが、決して体調は万全ではなかった。
大会直前、ドイツでの重度の脳しんとうやコスタリカ戦のさなかに痛めた右ひざなど、満身創痍の中にあっても最高のパフォーマンスを魅せる、その秘密に迫る。
取材・文/山口和史 Kazushi Yamaguchi
写真/©️PUMA JAPAN・西田周平 Shuhei Nishida
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「大舞台であっても緊張しない」安定したメンタルで結果を残すコツ
- 「僕はあまり緊張しないんですよね」と遠藤選手は語る。
4年間、そのために準備を続けてきたワールドカップの舞台にようやく立てたときには「少しテンションが上がりました」と語ってはいるものの、常に冷静沈着にどんな試合展開でも心が乱れることなくボールを奪い、攻撃に参加する。
どんな大舞台であっても緊張しないコツ、秘訣については2022年11月に発行された自著「DUEL 世界で勝つために『最適解』を探し続けろ」(SYNCHRONOUS BOOKS)に詳しく書かれている。
「(前略)想定される事態、シナリオを前もって頭の中に整理しておく。
ネガティブなことほどきちんと整理し、それに対してどう感じるかを想像するようにしていました。そうすることで、目の前の試合に緊張もなく、人よりよい心理状態で戦うことができます」(前掲書より抜粋)
スペイン戦に勝利し、グループリーグの1位通過を決めた日本代表にあっても、遠藤選手は冷静に次の展開を見据えていた。
遠藤 航氏(以下 遠藤氏):僕は冷静だったんですよね。日本代表の目標はベスト8であって、グループリーグ突破が目標ではありませんでした。ですから、次の試合こそが大事だという気持ちでいたんです。もちろんドイツ、スペインに勝ったということについては嬉しかったですし、もちろん決勝トーナメントに進めたことも嬉しかったんですよ。しかし、そこで満足するのではなくその先を見ていました。
- ワールドカップでの戦いを続ける中で、遠藤選手は満身創痍の状態だった。グループリーグが始まる直前、ブンデスリーガ第14節では相手と激しく衝突し重度の脳しんとうを起こしている。
ピッチに倒れ込んだ遠藤選手は、なんとか起きあがろうとする素振りを見せるも再び転倒。その様子を見た選手たちが駆け寄り、急ぎ横向きにして気道を確保する措置が取られた。意識も失い、医師からは「もう一度、頭に同じような衝撃を受けたら身体に障害が残る可能性がある」と忠告されるほどの重症だった。
遠藤氏:やってしまった直後はもうワールドカップには出られないかもしれないと思うほど、ひどい頭痛が続いたんです。でも、思ったよりも回復しました。ドクターともコミュニケーションを取りながらリハビリプランを進めた結果、ドイツ戦に間に合ったんです。
- ドイツ戦、コスタリカ戦と2試合連続出場を続けたグループリーグ中には、右ひざを負傷した。コスタリカとの試合中に痛め、試合後に現地の病院で診察を受けている。
遠藤氏:右ひざのケガは靭帯や骨には問題はなかったんです。細かい部分の炎症が起こってしまい痛みが出ました。診察の結果、スペイン戦はもしかしたら出場できないかもしれないという状況でした。
- このケガも乗り越え、スペイン戦では途中出場しサポーターを安心させた。僕は痛みに強いんです、と遠藤選手は語る。とはいえ痛いものは痛いはず。万全ではないコンディションの中であっても最大のパフォーマンスを発揮するためになにを心がけているのだろうか。
遠藤氏:痛みが出たときにそれがどれだけの痛みなのか、試合に出られる痛みなのかを判断することが大事だと思っています。スペイン戦に関しては、先発で出ようと思えば出られる状況ではありましたが、100%のパフォーマンスを発揮できないのであれば、他の選手に託すべきだと思いました。
他の選手たちを信頼していましたし、日本代表には良い選手が揃っているのは分かっていたので安心してベンチから見ていました。
- 決勝トーナメント1回戦クロアチア戦を、遠藤選手はこのような状況で迎えていた。
クロアチア戦には先発出場。チームのピンチをことごとく救う活躍を見せた。
前半43分には前田大然選手がゴールを決め先制。そのまま前半を終えた。日本がワールドカップの試合でリードしたまま前半を終えたのはこれが4回目。しかし、そのまま勝利したのは1度だけだった(2010年のカメルーン戦のみ)。
後半、クロアチアが追いつくと、そのまま延長線に突入し1‒1で延長線は終了。PK戦で雌雄を決することになった。
PKに挑む仲間たちを、遠藤選手はやはり冷静に見守っていた。
遠藤氏:蹴ると決めた仲間をとにかく信じていましたし、僕も5番目のキッカーでしたが自分のところに回ってきたらしっかり決めることしか考えていませんでした。
- PK戦の結果、惜しくも敗れた。目標としていたベスト8の夢は潰えた。
遠藤氏:クロアチアはワールドカップにおいてPKで負けたことが一度もないチームなんですよね。かなりPKの準備もしてきたなという印象を、試合が終わったあとに持ちました。もちろん自分たちも準備はしていたのですが、もっとディティールにこだわってPK戦のことも考えながら準備をしていかなければならないとも思いましたね。
順境にあってもはしゃぎすぎない。一方で、逆境に置かれても次の展開に頭を切り替える。大舞台でも常に最高のパフォーマンスを発揮する安定したメンタリティを持つ遠藤選手は、敗戦後もすぐに切り替え、4年後へと焦点を合わせている。
Profile
遠藤 航 氏
中学3年時に湘南ベルマーレユースからオファーを受け、高校進学と同時に湘南ユースに入団。
2010年のJリーグデビュー以降、湘南ベルマーレ、浦和レッズで活躍。
2017年には日本代表初選出、2018年にはロシアワールドカップのメンバーに召集され、初のワールドカップメンバー入りを果たし、ジュピラー・プロ・リーグのシント=トロイデンVVへ完全移籍する。
2020年にはドイツのVfBシュトゥットガルトへ完全移籍。
2022 FIFAワールドカップでは日本代表としてチームを牽引した。
- DUEL 世界で勝つために「最適解」を探し続けろ
遠藤 航著/SYNCHRONOUS BOOKS刊
日本代表選手として、ドイツのブンデスリーガの選手として、世界を舞台に結果を残し続けるための秘訣について、余すところなく語り尽くした一冊。