コラム
公開 2022.09.16 更新 2022.12.27

【連載】教育経済学で社員の生産性を飛躍的に向上させるためのヒント
~第2回 教育経済学から見る「成果報酬」と「内的インセンティブ」~

中室 牧子氏
記事を監修した弁護士
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失敗することを許す期間を設けろ

どのような報酬体系が働く人のインセンティブを高めるのかに関してもさまざまな研究が行われています。
もっとも単純な発想は、「成果報酬」でしょう。成果報酬とは、成果に応じて支払われる報酬のことで、高い成果を出せば多くの報酬が得られますが、逆に成果が出せないと報酬は低くなったり、場合によっては解雇されたりします。

成果報酬を導入することで、働く人の意欲を高めることが期待されます。
実際に、成果報酬は生産性を高めることを示す研究は多いのですが、近年の研究の関心は、成果報酬とイノベーションの関係にあります。特に高度な専門性が必要になる業務では、なるべく自由度の高い働き方をしつつ、成果を重視した報酬体系にするほうが成果を出しやすく、イノベーションに繋がりやすいと考える人が多いようです。これは本当でしょうか。

実は、多くの研究が、単純な成果報酬が必ずしもイノベーションを促進するわけではないことを示唆しています。例えば、米国,フランス,ドイツ,イギリス,インドの5か国のデータを用いた有名な研究(Acharya, Baghai, and Subramanian, 2013)は、解雇規制が厳しい国の研究者は、大きな成果よりも、小さい成果を出そうとする傾向があることを発見しています。

つまり、成果を挙げなければ報酬が低くなったり、解雇されたりしてしまうので、それを恐れてなるべくリスクを取らないようにしているというわけです。こういうことが生じるとイノベーションが起こりにくくなってしまいます。

それでは、どうすればよいのでしょうか。Ederer and Manso (2013)は、米国の名門ハーバード大学の大学院生を対象に行った実験が非常に面白い結果を得ています。
この実験で、被験者は20か月間の間に「レモネードを売る」という経営戦略を立てるよう求められます。

ただし、被験者は3つのグループにランダムに分けられ、それぞれ報酬の体系が異なっています。

1つ目のグループに割り当てられた人の報酬体系は、20か月間を通じてずっと「固定給」が支払われるというものです。
2つ目のグループの報酬体系は、20か月間を通じてずっと「成果報酬」が支払われます。収益全体の50%が本人の報酬となります。
3つ目のグループの報酬体系はそれらを組み合わせたもので、最初の10か月の成果は考慮にいれず、最後の10か月の収益全体の50%が本人の報酬となります。

そして、この実験の結果、3つ目のグループが最も収益が高く、成果報酬のグループが最も収益が低かったことが明らかになっています。3つ目のグループには、どういう方法を使えば売り上げが上がるかについて探索的になることができる10か月の猶予が与えられ、その間にトライアンドエラーを繰り返し、失敗をすることが許容されたのです。

固定給だと探索的になることができないのか、というとそういうわけではありません。実験中に被験者が書いたメモを分析すると、固定給に割り当てられた被験者は、55%の被験者が自分の選択と利益を丁寧に記録し、分析しているのに対し、3つ目のグループの被験者は82%がこれの記録と分析を行っています。イノベーションを起こすためのインセンティブの設計がいかに重要であるかということについて、この実験が教えてくれることには価値があると感じます。

長期的に高い成果を上げるためには内的モチベーションを高める

一方、こうした研究が始まった背景には、経済学と心理学の味方に対立があったことに端を発しています。経済学は成果に応じた報酬の支払いは、労働者の意欲を高め、生産性の向上につながると考えてきたわけですが、心理学では成果報酬はむしろ生産性を下げるという研究が多く発表されていました。

特に、創造性や革新性が必要な仕事に、金銭的なインセンティブを用いるとかえってパフォーマンスが下がるというわけです(McGraw,1978; McCullers, 1978; Kohn, 1993; Amabile, 1996)。これを心理学者は「内的動機づけ」で説明しようとしています。
創造性や革新性が必要な仕事には、仕事が楽しくて夢中で取り組んでいるという内的動機づけが重要であり、報酬のような外的動機づけを用いると、内的動機づけをクラウド・アウト(=押し出し)てしまうというわけです。

実際に、報酬を用いると内的動機づけがクラウド・アウトされるということは経済学の研究においても示されています。
例えば、献血やゴミ拾いのボランティアに報酬を与えたら、参加する人が減ってしまったことを示す有名な研究があります。

これらの研究成果を俯瞰してみると、成果報酬がうまく機能するのは生産を行う現場であり、創造性や革新性が必要とされる仕事ではない、ということです。
創造性や革新性が必要とされる仕事には内的動機づけを高める仕組みが重要です。この点について、米国で著名なダニエル・ピンクというサイエンスライターが「モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか」という書籍の中で、経済学や心理学の研究成果をまとめつつ、内的動機づけを高めるためには、autonomy(自主性)、mastery(成長性)、 purpose(公共性)が重要であると結論づけています。

このように、単純な「成果報酬」はわたしたちが考えているほどうまく機能しているわけではありません。
報酬制度の変更は経営者側には強力な武器ですが、その制度設計は慎重になるべきです。

労働者が働く理由とは

労働者が働く理由は、報酬だけではない

また、労働者が働く理由は、報酬だけではありません。早稲田大学の大湾秀雄教授らは、カリフォルニア州の衣料品工場で、個人ではなくチームの成果に応じた報酬に変えた場合に、労働者の生産性が14%も高まったと報告しています(Hamilton, Nickerson & Owan, 2003)。

この研究では、生産性が高い労働者ほどチームでの生産活動に参加する傾向があることや、チームメンバーの能力差が大きいほうが生産性の改善の効果が大きいこともわかっています。

チームを組むことで生産性が高まるのは、チーム内で互いが得意なことに特化することで補完し合い、教え合うからだということです。理論的には、労働者個人ではなくチームに対してインセンティブが与えられると、生産性の低い労働者がフリーライドして高い賃金を得ようとするモラルハザードが生じるため、生産性の高い労働者ほどチームに参加しないという逆選択が生じることが予想されるにもかかわらず、生産性の高い労働者ほどチームに参加したがるというのは、とても興味深い結果です。

人は必ずしも金銭的なインセンティブのみに反応するわけではないことがよくわかります。

私がとある有識者会議で、有名な塾の経営者からお話を伺い、とても印象に残った話があります。
それは、「経験的には、チームで勉強させると伸びるのは勉強ができない子だけではなく、勉強ができる子も伸びる」とおっしゃったことです。その理由は「教えることこそ、もっとも効果的に学ぶこと」だからだと。

確かに、大学で人に教える経験をすると、自分がきちんとわかっていないことを人に教えることはできないとつくづく感じます。学生に何とか理解してもらおうと工夫することを通じて、自分の理解が深まったという経験も少なくありませんでした。同じチームの同級生に教えることで、同級生を助けるだけでなく、自分も成長できるチャンスなのかもしれません。

<第1回はこちら>

Profile

中室 牧子

奈良県出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業。米国コロンビア大学で博士号を取得。
経済学の理論や手法を用いて教育を分析する「教育経済学」が専門。
日本銀行や世界銀行勤務後、2013年から現職。産業構造審議会等、政府の諮問会議で有識者委員を務める。
東京財団政策研究所研究主幹、デジタル庁デジタルエデュケーション統括も兼ねる。
著書「『学力』の経済学」(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)は発行部数累計30万部以上を記録している。

  • 「学力」の経済学
  • 「学力」の経済学
    「データ」に基づき教育を経済学的な手法で分析する教育経済学の視点から、教育や子育てを解説した一冊。これまで思い込みで語られてきた「教育」を、科学的根拠を元に分析する。
    中室牧子著 / ディスカヴァー・トゥエンティワン刊 / 1,420円(税込)

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