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2019年ラグビーワールドカップの大成功に続き、今年2020年はオリンピック・パラリンピックイヤーということで、スポーツ業界への注目度がますます高まっていますが、他方で、近年、スポーツ業界の不祥事の報道が後を絶ちません。
そうした中、スポーツ庁は、2019年に「スポーツ団体ガバナンスコード」を発表し、業界の改革に乗り出しています。
以前「Legal Tips」で、「コーポレートガバナンスのススメ」というテーマで、企業のガバナンスの目的やメリットなどについて説明いたしましたが、今回は、そのスポーツ団体版である、スポーツ団体ガバナンスコードの内容の説明を中心に、スポーツ団体の特性を踏まえたガバナンスの在り方について、考察いたします。
目次
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「スポーツ団体ガバナンスコード」の策定
スポーツ庁は、2019年6月10日、スポーツ団体のうち中央競技団体(National Federation/以下「NF」という場合があります。)を対象とする「スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>」(以下「ガバナンスコード<NF向け>」といいます。)を長官決定し、公表しました。
ついで、同庁は、同年8月27日、各都道府県の体育協会や地域のスポーツクラブ、スポーツ少年団など、中央競技団体に該当しないスポーツ団体(以下「一般スポーツ団体」といいます。)を対象とする「スポーツ団体ガバナンスコード<一般スポーツ団体向け>」(以下「ガバナンスコード<一般スポーツ団体向け>」といいます。)を長官決定し、公表しました。
策定の背景
2019年ラグビーワールドカップの大成功は記憶に新しいところですが、2020年のオリンピック・パラリンピックを控えて、スポーツに対する国民の注目は高まっています。
そのような中、近年、スポーツ団体の組織運営上の課題に関連する不祥事が次々と発生しました。2018年5月、大学アメリカンフットボール選手の反則タックルに端を発した事件が大きく注目されましたが、その他にも、女子レスリングの強化本部長によるパワーハラスメントやボクシング連盟会長を巡る不正疑惑など、スポーツ団体の組織運営上の課題を背景とする問題が明るみになりました。
このような状況を受けて、スポーツ庁は、2018年12月に策定した「スポーツ・インテグリティの確保に向けたアクションプラン」において、スポーツ団体ガバナンスコードを策定することとしました。
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スポーツ団体の組織運営上の課題
スポーツ団体における様々な不祥事の要因について、スポーツ庁は、共通の背景として、多くのスポーツ団体が、人的財政的基盤が脆弱である中、スポーツを愛好する人々の自発的な努力によって支えられてきたことを指摘しています。中央競技団体においても、役員等が無報酬である例は多く、また、指導者が無償又は低い報酬で、自己負担により遠征や合宿に参加している例もあるといいます。2016年度の現況調査によれば、中央競技団体(62団体)の財務状況において、総収入1億円未満が最も多く22.6%、全体の約8割が10億円未満の収入にとどまっています(2016年度中央競技団体現況調査(笹川スポーツ財団))。
スポーツを愛好する人々の善意やボランティア精神に支えられた組織運営は、確かに日本におけるスポーツの多様な発展に貢献してきましたが、その一方で、ガバナンスの観点では消極的な側面が否定できません。また、スポーツ団体が、そのスポーツに関わる「身内」 のみによって運営される結果、社会一般からは到底理解を得られないような組織運営に陥るリスクを抱えています。
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スポーツ団体ガバナンスコードの概要
スポーツ団体ガバナンスコードは、上場企業に対する「コーポレートガバナンス・コード」のアプローチが参考にされています。すなわち、対象者がとるべき行動について詳細に規定する「ルールベース・アプローチ」(細則主義)ではなく、対象者が尊重すべき重要な原則や規範を示したうえで、その趣旨や精神に適合する範囲で、各々が置かれた状況に応じた裁量を認める「プリンシプル・ベース・アプローチ」(原則主義)が採用され、各スポーツ団体が自律的にその遵守のための対応方策を講じ、その状況を自ら説明し公表する、「自己説明-公表」の仕組みが採用されています。
また冒頭のとおり、スポーツ団体ガバナンスコードについては、「中央競技団体向け」と「一般スポーツ団体向け」の2層構造がとられました。これは、英国のUKコードの段階的アプローチを参考したもので、スポーツ団体の類型に応じた柔軟な適用を目指したものです。
すなわち、中央競技団体は、対象競技における唯一の国内統括団体であり、国際競技大会への代表選手等の選考や選手強化予算の配分等、社会的影響力が大きく公共性の高い業務を独占的に行っています。そのため、多くのステークホルダーに対して様々な権限を行使し得るなど、大きな社会的影響力を有するとともに、各種の公的支援を受けているなど、国民・社会に対して適切な説明責任を果たしていくことが求められる公共性の高い団体として、より高いレベルのガバナンスの確保が要求されます。
一方、一般スポーツ団体についても、スポーツの普及・振興等の重要な担い手として、スポーツ基本法では、「基本理念にのっとり、スポーツを行う者の権利利益の保護、心身の健康の保持増進及び安全の確保に配慮しつつ、スポーツの推進に主体的に取り組むように努める」(法5条1項)、「スポーツの振興のための事業を適正に行うため、その運営の透明性の確保を図るとともに、その事業活動に関し自らが遵守すべき基準を作成するよう努める」(法5条2項)、「スポーツに関する紛争について、迅速かつ適正な解決に努める」(5条3項)旨が規定されており、自らの主体的な努力により適切な組織運営を図っていくことが求められています。
ガバナンスコード<NF向け>
ガバナンスコード<NF向け>では、13の原則が規定され、その下により具体的な原則・規範が定められています。また解説として、各原則ごとに、「求められる理由」と、より具体的な規定に関する「補足説明」が記載されています。
- 原則1 組織運営等に関する基本計画を策定し公表すべきである。
- 原則2 適切な組織運営を確保するための役員等の体制を整備すべきである。
- 原則3 組織運営等に必要な規程を整備すべきである。
- 原則4 コンプライアンス委員会を設置すべきである。
- 原則5 コンプライアンス強化のための教育を実施すべきである。
- 原則6 法務、会計等の体制を構築すべきである。
- 原則7 適切な情報開示を行うべきである。
- 原則8 利益相反を適切に管理すべきである。
- 原則9 通報制度を構築すべきである。
- 原則10 懲罰制度を構築すべきである。
- 原則11 選手、指導者等との間の紛争の迅速かつ適正な解決に取り組むべきである。
- 原則12 危機管理及び不祥事対応体制を構築すべきである。
- 原則13 地方組織等に対するガバナンスの確保、コンプライアンスの強化等に係る指導、助言及び支援を行うべきである。
各中央競技団体においては、コードの遵守状況について、具体的かつ合理的な自己説明を行い、これを公表することが求められます。但し、中央競技団体の法人形態や業務内容、組織運営の在り方は、団体によって異なることから、全ての規定が必ずしも全ての団体に適用されるとは限らないため、その場合は、自らに適用することが合理的でないと考える規定について、対外的にも理解が得られるような合理的な説明をすることが求められます。また、人的財政的な制約等から、直ちに遵守することが困難である規定がある場合は、その具体的かつ合理的な理由のみならず、遵守に向けた今後の具体的な方策や見通しについて説明することが求められ、その際、達成の目標時期を示すことが望まれます。
2018年12月26日に開催された、スポーツ庁長官主宰の「スポーツ政策の推進に関する円卓会議」の第1回会議において、公益財団法人日本スポーツ協会、公益財団法人日本オリンピ ック委員会及び公益財団法人日本障がい者スポーツ協会で構成される統括団体が、中央競技団体に対して、4年ごとに同コードへの適合性審査を実施し、その結果を公表することなどが合意されました。
ガバナンスコード<一般スポーツ団体向け>
ガバナンスコード<一般スポーツ団体向け>では、6の原則が規定され、その下により具体的な原則・規範が定められています。また解説として、各原則ごとにより具体的な規定に関する「補足説明」が記載されています。
- 原則1 法令等に基づき適切な団体運営及び事業運営を行うべきである。
- 原則2 組織運営に関する目指すべき基本方針を策定し公表すべきである。
- 原則3 暴力行為の根絶等に向けたコンプライアンス意識の徹底を図るべきである。
- 原則4 公正かつ適切な会計処理を行うべきである。
- 原則5 法令に基づく情報開示を適切に行うとともに、組織運営に係る情報を積極的に開示することにより、組織運営の透明性の確保を図るべきである。
- 原則6 高いレベルのガバナンスの確保が求められると自ら判断する場合、ガバナンスコード<NF向け>の個別の規定についても、その遵守状況について自己説明及び公表を行うべきである。
一般スポーツ団体は、自らのガバナンスの現況について確認するとともに、その遵守状況について自己説明及び公表を行うことが望まれます。また、各団体の上部の中央競技団体においては、「地方組織等に対するガバナンスの確保、コンプライアンスの強化等に係る指導、助言及び支援を行うべきである。」とされています(ガバナンスコード<NF向け>原則13参照)。
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注目ポイント
1 適切な組織運営を確保するための役員等の体制整備(原則2)
⑴ ガバナンスコード<NF向け>原則2の具体的な原則・規範の1つとして、「(1) 組織の役員及び評議員の構成等における多様性の確保を図ること」が定められ、「① 外部理事の目標割合(25%以上)及び女性理事の目標割合(40%以上)を設定するとともに、その達成に向けた具体的な方策を講じること」とされています。
これは、中央競技団体の公共性等の特質に鑑みた規定ですが、上場企業に対するコーポレートガバナンス・コードにおいて、独立社外取締役を少なくとも2名以上選任し、少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社は十分な人数の独立社外取締役を選任すべきとされていること(原則4-8)、取締役会にジェンダーや国際性の面を含む多様性が求められていること(原則4-11)などの規定ぶりと比較しても、客観的かつ具体的な水準が設定されたといえます。
⑵ また、同原則の具体的な原則・規範の1つとして、「(3) 役員等の新陳代謝を図る仕組みを設けること」が定められ、「① 理事の就任時の年齢に制限を設けること」「② 理事が原則として10 年を超えて在任することがないよう再任回数の上限を設けること」とされています。
これは、中央競技団体の役員等の人員構成が固定化し閉鎖的な組織文化等が形成され、また、特定の理事の発言力を過度に高めて、強権的・独占的な運営がなされてきたことを反省するものですが、人的財政的リソースが限られたスポーツ団体が少なくない中、今後の実務に与える影響は大きいと思われます。
⑶ さらに、同原則のより具体的な原則・規範の1つとして、「(4) 独立した諮問委員会として役員候補者選考委員会を設置し、構成員に有識者を配置すること」が定められています。
これは、従前の慣行や事実上の影響力によって、組織の本来的な存在意義や目的に照らして適切な人事が行われないことを防ぎ、役員候補者の選考を適切に行うものです。いわゆる派閥や学閥、年功序列、順送り人事等の組織的慣行は、多くのスポーツ団体において確認できる事象と思われ、本規定の実行的な運用は、各スポーツ団体の維持成長の観点でも有用な規定と思われます。
2 コンプライアンス委員会の設置(原則4)、コンプライアンス強化のための教育実施(原則5)
ガバナンスコード<NF向け>原則4のより具体的な原則・規範のとして、「(1)コンプライアンス委員会を設置し運営すること」「(2)コンプライアンス委員会の構成員に弁護士、公認会計士、学識経験者等の有識者を配置すること」が規定されています。また、同原則5のより具体的な原則・規範として、「(1)NF役職員向けのコンプライアンス教育を実施すること」「(2)選手及び指導者向けのコンプライアンス教育を実施すること」「(3)審判員向けのコンプライアンス教育を実施すること」とされています。
コンプライアンスは、中央競技団体が多様なステークホルダーや国民・社会からの信頼を得て安定的かつ持続的に組織運営を行う上での前提条件又は組織統治の基盤をなします。コンプライアンスの実践の組織的な担保として、可能な限り独立性と専門性を担保した委員会の設置は実務上も有効でしょう。
3 危機管理及び不祥事対応体制の構築(原則12)
ガバナンスコード<NF向け>原則12のより具体的な原則・規範として、「(1)有事のための危機管理体制を事前に構築し、危機管理マニュアルを策定すること」「(2)不祥事が発生した場合は、事実調査、原因究明、責任者の処分及び再発防止策の提言について検討するための調査体制を速やかに構築すること」「(3)危機管理及び不祥事対応として外部調査委員会を設置する場合、当該調査委員会は、独立性・中立性・専門性を有する外部有識者(弁護士、公認会計士、学識 経験者等)を中心に構成すること」とされています。
これは、中央競技団体の公共性等とスポーツ業界へ影響が波及する可能性に鑑みて、原因究明・再発防止の責務を自覚するとともに、自浄作用の発揮を企図するものです。また、昨今、企業や行政機関の不祥事対応において活用されている第三者委員会や特別調査委員会等の外部調査委員会の設置についても言及し、委員の選定プロセスの透明性確保や独立性・中立性・専門性への配慮の必要性が規定されており、これは上場企業に対するコーポレートガバナンス・コードには見られないもので、今後の実務的な対応が注目されます。
今後の展望について
様々な経緯や背景をもって策定されたスポーツ団体ガバナンスコードですが、今後の実質的・実効的な取組みが肝要であることはいうまでもありません。各スポーツ団体においては、その特性や現状を踏まえたうえで、スポーツ基本法の前文にも謳われている、心身の健全な発達や自律心、それから公正さと規律を尊ぶ態度や克己心を、組織としても自覚的に獲得していくことが期待されます。
また、策定において参考にされた上場企業に対するコーポレートガバナンス・コードでは、コンプライアンスを含む守りのガバナンスだけでなく、迅速・果断な意思決定を行う「攻めのガバナンス」という側面があり、それにより、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上が企図されています。スポーツ団体ガバナンスコードについては、策定の経緯等から、守りのガバナンスが強調される場面が多い状況ですが、今後は、組織的なリスク管理に裏付けられた、攻めのガバナンスの活用が注目されます。日本が世界で活躍できるスポーツ選手を輩出し続けるためにも、攻めのガバナンスを含めた組織的基盤の確立が急務と思われます。