パワハラにグレーゾーンの事例は存在するのでしょうか?
今回は、パワハラの定義や、社内でグレーゾーンのパワハラが発生した場合に企業がとるべき対処法などについて、弁護士がくわしく解説します。
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パワハラ防止法によるパワハラの定義
「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律 」(略称「労働施策総合推進法」、通称「パワハラ防止法」)第30条の2第1項は、法律上パワハラを定義しています。
そして、同条第3項の規定により、パワハラに関して事業主が講ずべき措置等につき、適切かつ有効な実施を図るために厚生労働大臣が指針を定めるとされています。
そのため、どのような言動がパワハラに該当するのかについては、厚生労働省が「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)にて公表した定義が参考となります。※1
まずは、この定義をよく理解しておきましょう。
この定義によれば、次の3つの要件をすべて満たした言動がパワハラに該当します。
要件1:優越的な関係を背景とした言動であること
パワハラの要件の1つ目は、優越的な関係を背景とした言動であることです。
優越的な関係を背景にした言動とは、業務を遂行するにあたって、その言動を受ける労働者が行為者に対して抵抗や拒絶することができない可能性の高い関係を背景として行われるものを指します。
上司から部下に対するものが典型例ですが、業務上必要な知識や豊富な経験を有している同僚や部下からの言動であっても、これに該当する場合があります。
要件2:業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること
パワハラの要件の2つ目は、社会通念に照らしてその言動が明らかに業務上必要性のないものや、その態様が相当でないものであることです。
これに該当するかどうかは、その言動の目的や業務の内容などさまざまな要素を総合的に考慮することが適当であるとされています。
要件3:労働者の就業環境が害されるものであること
パワハラの要件の3つ目は、その言動によって労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、労働者が就業する上で見過ごせないほどの支障が生じたことです。
これに該当するかどうかは、言動の受け手である労働者の主観ではなく、「平均的な労働者の感じ方」を基準とすることが適当であるとされています。
パワハラのグレーゾーンとは
明らかにパワハラである言動と明らかにパワハラではない言動との中間に位置するものを指して、パワハラの「グレーゾーン」と呼ぶことがあります。
では、ある言動がパワハラであるのか、グレーゾーンであるのかを明確に判断することはできるのでしょうか?
これがパワハラのグレーゾーンだという明確な基準は存在しない
たとえば、毎日暴言を浴びせたり暴力をふるったりして退職や自殺に追い込むなどの行為は、明らかにパワハラであるといえるでしょう。
一方、現実に起きているパワハラでは、ここまで明らかなケースはさほど多くありません。
大半のパワハラは、「クロ」なのか「グレーゾーン」なのかのグラデーションの中に位置するものと思われます。
また、裁判にまで発展すればパワハラであると判断された可能性があるものの、当事者間で丸く収められたために結果的に問題とならなかったケースも相当数あることでしょう。
そのため、「このような事例がグレーゾーンである(=パワハラに近いがパワハラではない)」などと断言できるものではないのです。
企業としては、グレーゾーンであれば問題ないと判断するのではなく、「パワハラかもしれないが、結果的に大きな問題にはならなかった」などの事例が生じた場合には、今後同様の行為が起きないように再発防止策を講じる必要があるでしょう。
パワハラかグレーゾーンかの判断材料
ある言動が、パワハラとしてクロであるのかグレーゾーンであるのかは、その言動のみを切り取って単独で判断できるものではありません。
パワハラに該当するかどうかは、次の点などを総合的に考慮したうえで判断されます。
言動の目的
問題となっている言動がどのような目的で行われたかどうかは、パワハラかどうかの一つの判断材料となります。
たとえば、言動の受け手の業務上の成長を目的とした叱咤激励であったのか、退職に追い込むためや嫌がらせをする目的であったのかなどです。
言動が行われた経緯や状況
その言動がどのような経緯や状況下で行われたのかということも、パワハラかどうかの重要な判断材料となります。
たとえば、言動の受け手が正当な理由なく遅刻を繰り返すなど受け手に問題がある状況下で指導のために発せられた言葉なのか、受け手が真面目に業務に従事する中で発せられた言葉なのかなどによって、パワハラかどうかの判断が異なる場合もあるでしょう。
業種や業態、業務の内容、性質
従事している業種や業態なども、ある言動がパワハラかどうかの判断材料となり得ます。
たとえば、営業部の部長職など管理職に就いていた人を退職に追い込む目的で、今まで従事していた仕事とは全く異なる業務に従事させることはパワハラに該当するとされる可能性があるでしょう。
言動の態様、頻度、継続性
言動の態様や頻度、継続性なども、パワハラかどうかの判断材料となります。
たとえば、叱責の際に一度暴言を浴びせた程度であるのか、毎日のように繰り返し暴言を浴びせていたのかなどです。
労働者の属性や心身の状況
同じ言動であったとしても、労働者の属性や心身の状況によってパワハラかどうかの判断が分かれる場合があります。
たとえば、通常の労働者にとっては一般的な業務量であったとしても、精神疾患による休暇明けである労働者に同様の業務量を課した場合にはパワハラだと判断される可能性があります。※2
行為者との関係性
一つの言動のみを切り取ってパワハラかどうかが判断されるわけではなく、行為者と言動の受け手との日頃の関係性も、パワハラかどうかの判断材料となります。
パワハラかどうかは誰が判断する?
では、ある言動がパワハラに該当するかどうかは、何を基準に誰が判断するのでしょうか?
平均的な労働者の感じ方を基準に判断される
その言動がパワハラに該当するかどうかは、「平均的な労働者の感じ方」を基準に判断されるとしています。※1
つまり、「同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうか」を基準とすることが適当とされます。
その言動を受けた人が主観的にパワハラだと感じたからといって、そのことのみをもってパワハラになるわけではなく、客観的な基準に基づいて判断されます。
最終的には裁判で判断される
パワハラかどうかの判断について争いがある場合には、最終的には裁判所が判断することとなります。
通常は、ある言動がパワハラであるかどうかを決めてもらうためだけに裁判をするということではなく、パワハラを理由に被害者からなされた損害賠償請求が認められるかどうかや、加害者とされた者が受けた懲戒処分が妥当かどうかということなどが争点となり、その過程において対象となる言動がパワハラであるかどうか判断されることが多いでしょう。
グレーゾーンのパワハラが社内で発生した場合の対応法
パワハラかどうかグレーゾーンである事例が社内で発生した場合には、次のように対応しまよう。
グレーゾーンの言動をした社員に注意喚起を行う
パワハラかどうか判断に迷うようなグレーゾーン事例が社内で発生した場合に、明確にパワハラであると判断できないからといって、対応しないでいることはおすすめできません。
なぜなら、たとえ今はグレーゾーンに留まっていても、放置してしまえばより悪質なパワハラへと発展する可能性があるためです。
この場合には、パワハラが疑われる言動をした社員に対して、事情を聴取した上で、これ以上行き過ぎた言動をすればパワハラとなり得ることを伝え、注意喚起をしておきましょう。
社内で発生したパワハラのグレーゾーン事例を集めて周知する
先ほども解説したように、パワハラかどうかの線引きは明確にできるものではありません。
最終的には、個別事情に応じて裁判所が判断することとなります。
そのため、社内でパワハラに該当しそうなグレーゾーン事例が生じたらその事例をまとめ、「ヒヤリハット事例」などとして共有するとよいでしょう。
パワハラは、パワハラであるとの意識がないままに行ってしまうケースも少なくありません。
そのため、事例を周知することで、パワハラへの理解が深まる効果が期待できます。
また、事例を共有することにより、会社がパワハラ防止に努めていることが伝わるため、パワハラの抑止力ともなるでしょう。
ただし、事例を共有する際には、被害者のプライバシーに十分配慮することが必要です。
パワハラ事例に詳しい弁護士を招いてパワハラ研修を行う
パワハラのグレーゾーン事例が社内で発生してしまった場合には、パワハラの芽が社内で生まれてしまったということです。
そのため、パワハラ研修を実施するなどして、改めてパワハラ予防策を講じましょう。
パワハラ研修の講師は、外部の弁護士などパワハラの最新事例や対処法にくわしい専門家を招いて行うことをおすすめします。
パワハラをした際の懲戒処分規定を周知する
パワハラ研修と併せて、仮にパワハラをした場合の懲戒処分規定を社内に周知しましょう。
懲戒処分規定を周知することでパワハラを見逃さないという会社の姿勢を示すこととなり、パワハラの抑止効果が期待できます。
仮にパワハラ加害者の懲戒処分について定めていない場合には、この機会にしっかりと定めておいてください。
ただし、行為に対して処分が重過ぎると、いざ規定を適用して処分を下した際に、加害者側から処分の無効や損害賠償請求がなされる可能性があります。
そのため、懲戒処分規定は、労働問題にくわしい弁護士のサポートを受けて作成するとよいでしょう。
相談者に対して不利な取り扱いをしない
たとえグレーゾーンである内容や、結果的にパワハラには該当しない内容であったとしても、相談をした人に対して不利な取り扱いをしないよう注意しましょう。
これは、労働施策総合推進法第30条の2第2項でも要請されています。
まとめ
その言動がパワハラに該当するかどうかは個別事情によるところも大きいため、一律に判断できるものではありません。
結果的にパワハラではないと判断された場合であっても、別の状況下では、同じような言動がパワハラに該当する可能性は十分にあり得ます。
そのため、パワハラの定義をしっかりと確認したうえで、明らかにパワハラである行為はもちろんのこと、パワハラに該当するかどうかギリギリのラインの言動をすることも避けるべきといえるでしょう。
Authense法律事務所にはパワハラなど労働問題にくわしい弁護士が多数在籍しており、日々問題の解決にあたっています。
企業でパワハラ予防策を講じたい場合やパワハラへの対応でお困りの際には、ぜひAuthense法律事務所までご相談ください。