従業員から残業代を請求されると、企業にとってどのようなリスクが生じるのでしょうか?
今回は、残業代請求のリスクや企業が残業代を請求された裁判事例、残業代請求に備えた対策などについて、弁護士がわかりやすく解説します。
目次
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残業代の支払義務について
残業代の支払いは、労働基準法に明記された、企業としての義務です。
適切な残業代を支払っていない場合には、従業員から未払い残業代を請求されてしまうかもしれません。
残業代の請求には、次の2つのパターンが存在します。
退職後社員からの残業代請求
未払い残業代は、退職をする従業員から退職のタイミングで行われることが少なくありません。
また、すでに退職した従業員から、突然過去の未払い残業代を請求されるケースもあるでしょう。
在籍中社員からの残業代請求
近年、在職中の従業員から過去の未払い残業代を請求されるケースも増加傾向にあります。
この場合には特に、他の従業員への影響に注意が必要です。
企業が従業員に残業代を請求されるリスク
企業が従業員から残業代の請求をされた場合、主なリスクとしては次のものが挙げられます。
高額な支払いが発生する
残業代は、最大2年分遡って請求される可能性があります(2020年4月1日以降に発生した分は3年分)。
たとえ日々発生した残業代は少額であったとしても、積もり積もれば高額となるケースは少なくありません。
また、裁判において残業代を請求する際、残業代と同額の付加金という金銭も併せて請求することができます。
さらに、従業員がすでに退職していた場合には、未払い残業代について年14.6%の割合で遅延損害金が発生します。
この遅延損害金も加えて請求された場合、請求額が大変高額になるため、全額認容された場合、企業の資金繰りが悪化してしまう可能性が高いです。
労基署の調査が入る可能性がある
労働基準監督署(労基署)とは、事業所が労働関係の法令を守っているかどうかを監督する機関です。
残業代の未払いについて従業員が労基署へ通報すると、企業に対して労基署が調査に入る可能性が高いでしょう。
調査の結果問題があると判断されれば、是正勧告や改善指導がなされる他、この是正勧告や改善指導に従わなければ、最悪の場合検察庁に送致され起訴される可能性があります。
他の従業員に影響が波及する
一部の従業員から未払い残業代請求がなされた場合には、他の従業員への影響に注意しなければなりません。
未払い残業代の請求が認められたとの情報が拡がれば、他の従業員からも相次いで未払い残業代の請求がなされる可能性があるためです。
大人数からまとめて残業代の請求がなされれば、支払いができず、企業の経営を左右する問題にまで発展するかもしれません。
また、未払い残業代請求に対する企業の対応によっては、他の従業員のモチベーションが低下したり退職者が急増したりするリスクもあります。
従業員が残業代請求できない3つのケース
従業員が残業代を請求できないケースとして、次の3つが存在します。
管理監督者に該当する場合
当該従業員が、労働基準法上の「管理監督者」に該当する場合には、原則として残業代の支払いは発生しません。
管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について、経営者と一体的な立場にある者のことです。※1
一般的には、店長や部長などの肩書を有する従業員がこれに該当する可能性が高いでしょう。
ただし、労働基準法上の管理監督者に該当するかどうかは、「部長」「店長」などの役職名のみで判断されるわけではありません。
過去の事例では、ある従業員の肩書が「店長」などであったとしても、
- 売上金の管理、アルバイトの採用の権限がなかった
- 勤務時間の定めがあり、毎日タイムカードに打刻していた
- 通常の従業員としての賃金以外の手当は全く支払われていなかった
という場合、労働基準法上の管理監督者として認められなかったという事例があります。
自社の従業員が管理監督者にあたるかどうか判断に迷う場合には、弁護士へご相談ください。
裁量労働制の場合
裁量労働制とは、勤務時間や業務の時間配分を個人の裁量に任せる制度です。※2
新聞記者など19の業種に限定された「専門業務型裁量労働制」のほか、一定の要件を満たした事業場で採用できる「企画業務型裁量労働制」が存在します。
裁量労働制を採用した場合、労使で合意をした「みなし労働時間」が法定労働時間である8時間を超えない場合には、原則として残業代は発生しません。
ただし、この場合であっても、深夜残業や法定休日(週1回の休日)、休憩時間の割増賃金規定は適用されます。
職場で裁量労働制を適用するためには、労働時間としてみなす時間などを労使協定で定め、所轄労働基準監督署長に届け出る必要があります。
事業場外労働の場合
事業場外労働とは、出張や外回りが多い営業職など、労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事し、かつ労働時間が算定し難い労働を指します。
この場合に、みなし労働時間制を採用することで、実際の残業時間ではなく、あらかじめ労使間で取り決めた労働時間で残業代を計算することが可能です。
ただし、スマートフォンなどの通信機器が普及している現代では、「会社が労働者の実労働時間を正確に把握することが困難な労働」は非常に限定的に解される傾向にあります。
また、みなし労働時間制を採用したからといって、深夜残業や法定休日(週1回の休日)の割増賃金規定まで適用除外となるわけではありません。
年棒制の従業員の残業代請求について
年俸制を採用してさえいれば、残業代を一切支払わなくてよいと誤解している人は少なくありません。
確かに、労働時間規制を受けない管理監督者や裁量労働制が適用されている者については、割増賃金規定の適用がないため、残業代の支払義務はありません。
しかし、上記以外の労働者については、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えて労働した場合、残業代を支払う義務があります。
判断に迷う場合には、労働問題に詳しい弁護士へご相談ください。
労働基準監督署からの指導が入った場合
仮に労働基準監督署(労基署)からの指導が入った場合、早期に労働環境を改善し、是正報告書など必要な書類を労基署に提出しなければなりません。
提出前には、証拠書類の準備など、使用者として対応に時間のかかる作業が多くありますので、すみやかに弁護士へご相談ください。
労基署の指導に適切な対応をしないと、最悪の場合使用者が検察庁に送致・起訴されてしまうおそれがあるためです。
従業員に弁護士がついている場合
従業員が企業に対して未払い残業代を請求する場合、先に弁護士などへ相談や依頼をしているケースが多く見受けられます。
弁護士へ依頼せず無理に自社のみで対応しようとすれば、かえって不利な状況へと追い込まれてしまうかもしれません。
この場合には、企業側も早期に労働問題に強い弁護士へ依頼するのがよいでしょう。
企業が負けた、残業代に関する過去の裁判事例
残業代に関して企業側が敗訴した事例としては、次のものなどが存在します。
事例1:日本マクドナルド名ばかり管理職事件
日本マクドナルド株式会社では、マクドナルドの店長が労働基準法上の管理監督者に当たるとして、残業代を支払ってきませんでした。
この事例では、裁判所は、マクドナルドの店長はその勤務実態から見て労働基準法上の管理監督者とは認められず、時間外労働や休日労働に対する割増賃金が支払われるべきであると判断しました。※3
事例2: 固定残業代の支払いが認められなかった事例
ある企業は、1日の拘束時間が12時間に及ぶトラック運転手に対し、4時間(=12時間-法定労働時間8時間)分につき一律で1.5倍の割増しをして計算をした金額を固定残業代として定め、この残業代を日給に含めるという形で基本給を支給していました。
裁判所は、実際の賃金支給状況は必ずしも雇用契約上の定めに沿ったものとなっていなかったことから、労働者たるトラック運転手との間で、固定残業代についての合意が有効に存在していたとはいえないとし、会社側が時間外割増賃金等として支払ったと主張する部分は、時間外労働の対価として支払われたとは認められないと判断しています。
事例3:寝たきりとなった飲食店店長へ残業代と慰謝料支払いが認容された事例
レストランの店長であった30代の原告が長時間労働を強いられた末、低酸素脳症を発症し、寝たきりの状態となりました。
この事件では、慰謝料などを含めて会社側に約1億8759万円の支払いを認めた他、店長の労働基準法上の管理監督者への該当性も否定され、残業代の支払いも命じられています。
事例4:完全歩合給でも割増賃金が必要とされた事例
完全歩合給で、歩合給の計算から割増賃金が控除されていたタクシー運転手について、法令の規定に従って計算した額の割増賃金(時間外の割増賃金と深夜労働の割増賃金)を支払う義務があるとされました。
完全歩合給であるからといって、残業代を支払わなくてよいわけではないことが分かる事例です。※4
事例5:旅行添乗員の労働時間の把握が争われた事例
先ほど解説したように、労働時間や勤務の状況の把握が困難である事業場外労働に従事する従業員については、みなし労働時間制を採用することで、実際の残業時間ではなく、あらかじめ労使間で取り決めた労働時間で残業代を計算することが可能です。
しかし、裁判所は、このみなし労働時間制が採用されていた募集型企画旅行における添乗員について、その日時や目的地等を明らかにして旅行日程が定められることによって、あらかじめ具体的に業務内容が確定されているとして、労働時間や勤務状況の把握が困難であるとは言い難いと判断しています。※5
従業員に残業代請求されないための正しい対策
従業員から未払い残業代を請求されるリスクは、年々高まっています。
未払い残業代の請求をされないよう、企業側であらかじめ対策をしておきましょう。
就業規則を整備する
就業規則は、労働条件についての基本ルールを定めたものであり、従業員を雇っている企業にとって雇用ルールの拠りどころとなるべきものです。
もっとも、自社に合った内容かどうかをよく吟味しないまま、インターネットで見つけたテンプレートなどをもとに安易に就業規則を作成している企業が多いのが実情でしょう。
しかし、たとえば1年のうち夏場だけに残業が集中する企業などでは、就業規則を見直すことで、適法に残業代を抑えられる可能性があります。
未払い残業代の発生を防ぎ、請求のリスクを減らすため、いま一度弁護士と共に就業規則を見直すことをおすすめします。
労働時間を正しく把握する
労働時間の適切な把握は、従業員を雇う企業としての義務です。
適切に管理ができていなければ、従業員が日々記録した労働時間のメモなどを根拠に、ある日突然多額の未払い残業代を請求されてしまうリスクを常に抱え続けることとなりかねません。
このような事態を避けるため、タイムカードの導入やパソコンへのアクセスログの導入など、従業員の労働時間を正しく把握する仕組みを整備しておきましょう。
賃金支払いのルールを正しく知る
未払い残業代が生じてしまう理由の一つに、企業側に賃金支払いについての知識が不足していることが挙げられます。
たとえば、残業代計算のもととなる労働時間は原則として1分単位で計算すべきとされており、15分未満の時間や30分未満の時間を切り捨てるなどというルールは認められません。
しかし、これを知らないまま常に30分未満を切り捨てて残業代の計算をしていると、これまで切り捨ててきた分に対応する残業代をまとめて請求されるリスクが生じてしまいます。
このように、企業側の知識不足から未払い残業代が生じているケースもありますので、現在の残業時間計算のルールに問題がないか、弁護士などの専門家に一度確認してもらうとよいでしょう。
残業代の時効について
残業代の時効は、2020年4月1日より施行されている改正法により、従来の2年から3年へと伸長されています。
そのため、今後は最大3年分の残業代を請求される可能性がありますので、注意が必要です。
Authenseに依頼するメリット
従業員から残業代の請求をされたら、Authense法律事務所までご相談ください。
Authense法律事務所では、残業代の請求への対応を数多く経験しており、従業員との交渉事例が蓄積しています。
残業代請求をしてくる時点で、従業員側も弁護士へ相談しているケースが少なくありません。
無理に自社で対応をして不利な状況とならないためにも、早期のご相談をおすすめします。
まとめ
未払い残業代がある場合、従業員側からいつ残業代請求をされてもおかしくありません。
近年ではインターネットで簡単に情報収集ができ、従業員が未払い残業代に気がつくケースが増えているためです。
企業側としては、まず未払い残業代が生じない仕組みの構築を目指しましょう。
Authense法律事務所には労務問題に詳しい弁護士が多数在籍している他、グループ内に社会保険労務士法人も併設しているため、総合力での対応が可能です。
もし残業代請求をされてしまったら、早期にAuthense法律事務所までご相談ください。