暴行罪の「暴行」とは?
刑法208条において、「暴行を加えた」場合に暴行罪が成立します。
この「暴行」とは、人の身体に対し不法に有形力を行使することを指すとされ、「傷害」に至らなかった(相手がけがをしなかった)ことが必要とされます。
暴行罪の刑罰
刑法208条において、「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金または拘留若しくは科料に処する。」とされています。
なお、拘留や科料が課された例は近年ではほとんど見られません。
また、刑事訴訟法250条2項6号において、暴行罪の公訴時効は3年とされています。
どのようなケースが暴行罪となるか?傷害罪との違いは?
「暴行」には、身体をつかむ、押す、叩くなどのみならず、髪を切ったり、唾をかけたりする行為も含まれます。
また、凶器を振り回したり石を投げつけたりして命中しなかったような場合でも「暴行」にあたることがあります。
これに対し、「傷害」結果が生じた場合には、刑罰の重い傷害罪(刑法204条)が適用されます。
「傷害」とは、人の生理的機能を害する行為のことをいい、けがをさせた場合のほか、下痢や嘔吐を引き起こすこと、精神的ダメージを与え頭痛や睡眠障害等を引き起こすこともこれにあたる可能性があります。
けがにも全治2週間の擦り傷から骨折による全治数か月のもの、失明や手足切断までありますが、軽微なけがで診断書がない場合や、暴行行為から日が経過した診断書を提出したりしたような場合には、「暴行」から「傷害」結果が生じたと判断できないため、傷害罪ではなく暴行罪として扱われる可能性が高いと考えられます。
暴行事件で逮捕されてしまった
本人が犯行を認めている場合
逮捕
逮捕には、「逮捕の理由」および「逮捕の必要性」という逮捕要件を満たしている必要があります。
つまり、「罪を起こしたことを疑うに足りる相当な理由」(刑事訴訟法199条)および逃亡のおそれや、罪証隠滅のおそれといった、逮捕の必要性(刑事訴訟法199条2項但し書き、刑訴規則143条の3)が求められます。
逃亡のおそれや証拠隠滅のおそれは、被疑者の年齢や境遇、犯罪の軽量や態様など、諸般の事情に照らして判断されます。
逮捕した場合、身柄拘束が継続した状態で48時間以内に検察庁に送致されます。
勾留
勾留には、「勾留の理由」および「勾留の必要性」という勾留要件を満たしている必要があります。
勾留の理由として、①住居不定、②罪証隠滅のおそれ、③逃亡のおそれが刑訴法60条1項各号に定められています。
また、勾留の必要性は、勾留することが相当であること、具体的には、勾留理由の程度や事案の軽重などに照らして、勾留による公益と勾留される被疑者の不利益とを比較して判断することになります。
被疑者の身柄を検察官が受け取ってから24時間以内、さらに、逮捕から計72時間以内に勾留の必要性があると判断すれば勾留請求をします。
裁判長による勾留決定がされると最大10日間(延長含む20日間)勾留されることになります。
起訴不起訴
勾留期間中に、検察官が起訴・不起訴、または処分保留にまま釈放の決定をします。
犯罪を認定するだけの証拠が存在しない場合(嫌疑なし)、犯罪の疑いはあるが、有罪判決になるだけの証拠がそろわなかった場合(嫌疑不十分)、犯罪の疑いは十分に認められるが、被疑者の年齢や境遇など諸般の事情を考慮してあえて起訴しないこととする場合(起訴猶予)には不起訴処分となり、前科が付くこともありません。
ただし、不起訴の場合であっても、捜査機関から犯罪の容疑をかけられて捜査の対象になったいわゆる「前歴」が記録されます。
早期釈放
釈放とは、逮捕勾留などによって身柄拘束された者の拘束を解放することをいいます。
早期釈放を実現するためには、逮捕後勾留決定までの72時間以内という短期間で働きかけを行わなければなりません。
犯罪が軽微、定職がある、家族など身元引受人がいる、被害者と接触するおそれがない、罪を認めている、示談交渉をしているなどの事情がある場合には、釈放される可能性が高くなるといえます。
執行猶予
執行猶予とは、有罪判決を言い渡される際に、刑の執行を1年から5年の間で猶予し、その期間中に再度犯罪を起こさないことで、刑の執行の効力が消滅するものをいいます。
期間は、実刑の期間と比較して1.5倍から2倍程度で定められることが多く、実刑の期間より短く設定されることはありません。
執行猶予を付すことができる事件は、3年以下の懲役もしくは禁固または50万円以下の罰金刑のものに限られており、暴行罪は法定刑が2年以下の懲役もしくは30円以下の罰金であるため、執行猶予の対象となり得ます。
犯罪の性質(悪質か否か)、前科の有無、示談の有無、反省の有無、被害者の処罰感情の程度などを考慮して、裁判官の裁量によって決定されます。
本人が犯行を認めていない場合(否認事件)
否認事件とは、被疑者が犯罪を行ったことについて認めていない事件のことをいいます。
捜査機関による取調べにおいて、その意のままに調書が作成されたり、身柄拘束下における精神的負担から冤罪の危険性もあったりするため、被疑者や被告人がどのような対応をとるべきかという弁護士のアドバイスが重要となります。
日本の刑事司法制度では、一度起訴されてしまうと99%の確率で有罪となってしまうため、迅速な対応が求められます。
また、実際に犯罪を行っていない場合でも、証拠との関係で被疑者などに不利な状況となるおそれもあるため、不起訴や刑罰を軽くするために、示談をすることも考えられます(否認示談)。
暴行事件で逮捕されないケース
逮捕要件を満たしてない場合、つまり、「罪を起こしたことを疑うに足りる相当な理由」(刑事訴訟法199条)および「被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要」(刑訴規則143条の3)がない場合には、逮捕されないケースがあります。
逃亡のおそれや証拠隠滅のおそれは、被疑者の年齢や境遇、犯罪の軽量や態様など、諸般の事情に照らして判断されます。
暴行事件によって逮捕される割合は、刑事事件として処理された暴行事件のうちの4割程度です。
飲み屋や駅構内において、面識のない者に突発的に暴行を加えたような場合には、その場で逮捕される可能性も高いですが、軽微な暴行にとどまり、身元も判明しているような場合には、逮捕される可能性は高いとは考えられないでしょう。
また、被害者と示談を行うことや任意での出頭に応じることで、逮捕の必要性が減退し、逮捕リスクが低くなるといえます。
暴行事件で前科をつけないために
前科とは、有罪判決を受けた経歴があることをいいます。
我が国の刑事司法制度上、起訴後の有罪率は約99%であるため、前科を付けないためには不起訴処分を得るしかないのが現状です。
不起訴処分となるためには、逮捕前から弁護士による早急な対応を行い、被害者と示談を行うことが重要です。
示談があれば、被害届が取り下げられる可能性や、検察官に示談を評価されて不起訴処分となる可能性が高まります。
なお、執行猶予期間が経過した場合には、前科自体は記録上残存しますが、法律上前科として取り扱われることはなくなります。
暴行事件の示談について
暴行罪は、傷害罪に比してけがもなく軽微な犯罪であるため、示談金が高額になることはあまりなく、一般的には数十万円程度が相場と考えられます。
ただし、暴行事件の示談金額は、暴行行為の悪性、被害の程度、被害者の落ち度の有無なども考慮して判断されることになります。
示談が成立したからといって、必ずしも警察の捜査が終了するというわけではありませんが、捜査初期の段階であれば終了する可能性は高いです。
また、暴行事件において示談が成立しているとなれば微罪処分(軽微な事件につき、検察に送致されず、警察のみによって処理されることをいいます。前歴はつきますが、前科はつきません。)で済む可能性もあり、起訴される可能性も低くなります。
起訴後に示談が成立すれば、量刑や執行猶予の有無において被告人にとって有利に働きますが、それでも有罪判決のおそれが無くなるわけではありません。
そのため、示談は起訴される以前に行う必要があるといえます。
暴行事件の慰謝料
慰謝料とは、被害者の精神的損害に対する賠償のことをいいます。
暴行事件の慰謝料の相場といえる金額は、10万円から30万円程度とされています。
ただし、慰謝料の金額はケースごとに異なり、被害者が心療内科・精神科に通院するなど精神的損害が大きい場合や加害者の経済力が大きい場合などは、それも加味して慰謝料額が決定されることとなります。
なお、示談を行う場合には、慰謝料は示談金(の一部)としての役割を担います。
暴行事件での不起訴率
令和2年の暴行事件の起訴猶予率は69.1%とされています。
同年の刑法犯・特別犯の起訴猶予率は49.8%、刑法犯の起訴猶予率は52.2%となっていることから、暴行事件の起訴猶予率は非常に高いといえます。(令和3年版 犯罪白書 第4編/第8章/第2節/1 (moj.go.jp))
暴行罪の加重犯となるケース
暴行罪の特別法として、多数人で威力を示したり、凶器を示したりしたうえで、暴行を加えた場合には集団的暴行罪(暴力行為等処罰ニ関スル法律第1条)、日時などを示し合わせて決闘を申し込んだり、決闘を行ったりした場合には決闘罪(決闘ニ関スル件)などが成立し得、刑法上の暴行罪よりも重く処罰されることとなります。
他にも、集団的暴行請託罪(暴力行為等処罰ニ関スル法律第3条)、火炎びん使用罪(火炎びんの使用等の処罰に関する法律)などの特別法犯罪があります。
なるべく早く弁護士に依頼するほうがよい理由
刑事事件は、逮捕から勾留決定が最大72時間以内に行われ、勾留が開始すると最大20日間身柄を拘束されることとなります。
その後、起訴された場合には99%有罪となり、前科がつくことによって社会生活上様々な不利益を被ることとなってしまいます。
身柄拘束されずに今まで通り通常の社会生活を送り、また、不起訴処分を獲得してこれからも通常の社会生活を送るためにも、できるだけ早く弁護士に依頼するのがよいでしょう。
有罪判決となる可能性が高い場合でも、早めに弁護士の助言を受けることで、必要以上に不利益な刑罰などを防ぐこともできます。
暴行事件のよくある質問
A.思いきり肩をつかむ行為は、人の身体に対する有形力の行使として暴行罪に該当し得る行為ではあります。
しかし、相手方にけががないのであれば被害届を出される可能性は低いと考えられますし、防犯カメラなどに証拠があったとしても、肩をつかんだだけであれば不起訴処分となる可能性が高いと考えられます。
A.飲酒によって暴行行為の記憶がない場合であっても、起訴され、暴行罪が成立する可能性はあります。
飲酒をするとふらふらする、吐き気がするなどの酩酊状態に陥ることがあります。酩酊状態の程度によって責任能力の認定に差異が生じ、犯罪が成立するか否かが異なります。
酩酊状態の程度は、アルコール血中濃度が高くなり普通にお酒に酔っている「単純酩酊」、人格が変わるかのように暴れてしまう「複雑酩酊」、幻覚や妄想を伴って激しく興奮してしまう「病的酩酊」に分けることができます。
刑事事件上の責任能力が認められるか否かは、医師の判断ではなく、鑑定書などの資料を考慮した裁判官によって判断されますが、単純酩酊の場合には完全な責任能力が認められます。
複雑酩酊の場合には、断片的な記憶障害がみられ、責任能力が限定されることもあり(心神耗弱(刑法第39条2項))、また、病的酩酊の場合には責任能力は認められない(心神喪失(同条2項))と一般的には考えられます。
なお、例外として、飲酒開始時から暴行を意図していた場合には、病的酩酊であっても責任能力が認められることもあります(原因において自由な行為)。
A.相手方の挑発行為があったとしても、起訴され、暴行罪は成立し得ます。
ただし、示談がなくとも、起訴猶予や刑罰が軽くなる事情として、挑発されたことが働く可能性はあるでしょう。
相互暴行(喧嘩事案)についての警察の対応と示談
相互暴行とは、いわゆる喧嘩のことであり、当事者双方の暴行行為の程度が同等であるケースを指します。
この場合、両当事者が加害者かつ被害者となり、実務上は2つの刑事事件として扱われることとなります。そのため、調書や必要書類の調達など、事件として受理した場合の警察の負担が多くなり、事件化することを避けようとすることもあります。
当事者が被害届を提出した場合には警察も受理せざるを得ませんが、両当事者が加害者であるため示談の金額のハードルはかなり低く、事件化されたとしても前科はつきにくいと考えられます。
正当防衛を主張する場合
正当防衛とは、刑法36条1項の「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為」、すなわち、他人からの攻撃を防御するためにした行為のことをいいます。
正当防衛が認められると、暴行行為の違法性が否定され、刑罰を受けることを免れます。
起訴前に主張することで、検察に訴追するのが困難と感じさせ、嫌疑なしないし嫌疑不十分として不起訴処分を得られる可能性があります。
他方、起訴後の主張であっても裁判上で争うことは可能ですが、これが認められる可能性は高いとはいえません。
そのため、正当防衛の主張を行うのであれば、事件後迅速に弁護士へ相談することが求められます。
ご家族が暴行事件を起こしてしまったら
ご家族の逮捕前に弁護士を介した示談を行うことで、被害者が被害届を出すことなく解決する可能性がありますし、逮捕された場合であっても弁護士によるはたらきかけによって不起訴処分など有利な結果を得る可能性が高まります。
当事者同士で話し合いをすることも手段の一つですが、加害者と被害者の関係であるため、円滑・円満な解決を期待することが難しいと思われます。
また、弁護士から助言を得ることで、今後の流れやご家族にできることを理解し、冷静に対処することもできます。
そのため、事件後は速やかに弁護士に相談するのがよいでしょう。
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