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「自殺のおそれがあるから勾留すべき」?
先日、男性が、勤務先である学校の生徒に対する強制わいせつの疑いで逮捕されたものの、その後釈放されたこと、釈放後、男性が亡くなったことが報じられました。
報道によれば、自殺とみられているとのことです。
このことが書かれた記事はとても短いものでした。
でも、読んだ直後に、胸に、ずっしりと重いものが置かれたような気持ちになりました。
もし自殺されたのだとしたらその思い、ご家族をはじめとする遺されたかたのこと、そして、被害を申告した生徒らに対し、どのような言葉をかけたらいいのだろうかということ。
そう考えていると、とてもこの件に関し、何も知らないままに軽率にコメントすることはできないため、この件を少し離れ、今回、裁判官が検察官からの勾留請求を却下した件についてお話ししてみたいと思います。
報道によると、男性については、逮捕された後、検察官が、続く10日間の身柄拘束を求め、勾留請求をしたものの、裁判官がその請求を却下したため、釈放されたという経緯が記載されていました。
この点について、ネット上では、男性が亡くなったのが釈放された直後だったとして、身柄拘束が続けば男性は死亡せずに済んだのではないかなどと、勾留請求の却下の是非に関するコメントがなされるのを見ました。
率直にそのような気持ちになるのはもっともだなと思います。
ただ、ここは、法律上、どのようなときに勾留が認められるのか、という点を考えなければなりません。
勾留が認められるためには、犯罪の嫌疑があることは前提とし、
- 住宅不定
- 罪証隠滅のおそれ
- 逃亡のおそれ
があることが必要です。
被疑者が自殺してしまう可能性があるということがこれらのいずれかの要件を満たすのか?
この点、私が新任検事だったころのはるか昔の記憶がよみがえります。
警察から送致された事件記録を確認したところ、その被疑者は社会的地位も高く、ある犯罪の嫌疑をかけられたことにより失うものがとても大きいと思われました。
厳密に勾留の要件について検討すると、罪証隠滅のおそれも逃亡のおそれも、抽象的には観念できても、具体的な事実との関係で裁判官に対し説明できる程度には至っていないように思えました。
でも、私は、目の前で取り調べをした被疑者の顔を見ていると、ここで身柄拘束を解いた場合、自ら命を絶ってしまうのではないかと思えました。
現にそれをほのめかすような、捨て台詞もありました。
検事1年目の私は、勾留請求することにしました。
裁判官にもこの意図が伝わるようにと、被疑者の供述を少し詳しく供述調書に録取しました。
すると、裁判官から電話がかかってきて、「罪証隠滅や逃亡のおそれを裏付けるような事情が抽象的な印象ですが、具体的に何かあるんでしょうか?」と聞かれました。
それに対し、私は、何とかしてその疑問に答えないとと思い、とっさに、「逃亡のおそれも罪証隠滅のおそれもあります。今回のケースで想定される逃亡というのは、すなわち、彼の人生からの逃亡です。実際、取調べのとき、〇〇などという発言もしていて、釈放したら自殺を図ることが予想されます。人生からの逃亡は、勾留の要件としての『逃亡』の究極のものであるといえるのではないでしょうか?また、自殺は、つまり、それにより、自分ごと消し去ることにより、自分ごと証拠を隠滅すると評価できるのではないでしょうか?ですから、本件では、自殺のおそれがあることをもって、逃亡のおそれ及び罪証隠滅のおそれがあるとはいえないでしょうか!?」と熱弁を振るったのです。
裁判官は、静かに、「高橋検事の考えはよくわかりました。それがご事情のすべてですね」とおっしゃって、そこで会話は終わりました。
その後、間もなく、勾留請求が却下されたとの連絡がありました。
そもそも、当時、まだ、物事を見る目があったとはいえず、そんな私による自殺のおそれがあったという評価自体も疑わしいものだとは思っています。
そして、仮に自殺のおそれがあったとしても、どう考えても、私が熱弁を振るったような解釈は、刑事訴訟法の解釈の範囲を超えていると思います。
被疑者が自殺する可能性があるということ、それ自体が、逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがあることを示すとは評価されません。
たとえ、被疑者に自殺の可能性が伺われたとして、それを防ぐために勾留の手続きを利用することはできないのです。
今回のケースで検証すべきは、自殺のおそれがあったのだから勾留すべきだったのではないか、という点ではなく、男性が亡くなったという結果とは関係なく、証拠関係やその他事情に照らし、逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがあったのか否かという点だと思います。
この要件が必ずしも一義的に明確でないことからもわかるように、勾留決定されるか否かは、個別事情により、また裁判官の判断により幅があり得るところです。
ご家族が逮捕され、なるべく早くその身柄拘束を解きたいという場合には、弁護士にご相談ください。
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