リーガルエッセイ
公開 2021.05.12 更新 2021.08.13

強要罪とは?妻に自分の腹部を包丁で刺すよう脅した男の事件について

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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離婚話のもつれ?

先日、ある家庭で、夫が、妻に、自分(夫)の腹部を包丁で刺すように脅したという疑いで強要の罪で逮捕されたと報じられました。
報道によると、事件の当時、夫は妻と離婚について話をしていたもののその話がもつれたことが原因で行為に及んだとのこと、夫は自白しているとのことですが、詳しい事実関係は今後捜査により明らかになっていくことと思います。
この報道を見たとき、「脅したというなら脅迫罪が成立するのではないの?」と思われたかたはいませんか?
強要罪という犯罪は、脅迫罪と比べて少し耳慣れない犯罪かもしれません。
脅迫罪が成立するのは、相手や親族の命、身体、自由、名誉や財産に害悪を加えることを告げて脅す行為です。
たとえば、「お前をこの包丁で刺すぞ」と命に害悪を加えることを告げて脅す行為、「お前の前科を職場に言いふらしてやる」と名誉に害悪を加えることを告げて脅す行為がこれにあたります。
一方、強要罪が成立するのは、今言ったような脅迫をしたり、暴行を加えたりして、人に義務のないことを行わせたり、権利行使を邪魔したりする行為。
たとえば、「土下座して謝罪しなければ、お前のミスをネット上で言いふらしてやる」などという行為はこれにあたるといえるでしょう。
脅迫にとどまらず、これを手段として相手に義務のないことを行わせる、という点で、強要罪のほうが、脅迫罪よりも重い法定刑となっています。

今回報じられたケースでは、背景事情として離婚話のもつれがあったとされているだけなので、そもそもそれが真実であるかも、仮に真実であるとして、いかなる行為をもって暴行または脅迫と評価し、また、相手にどのような義務なきことを求めたと評価しているのか、報道だけからはわかりません。
ただ、報道によれば、夫が包丁の刃を自分に向けて手に持ち、その自分の手を妻につかませていたとあるので、妻の手をつかんで自分の手をつかませた行為を暴行と評価し、その上で夫の腹を刺すように求めた行為を義務のないことの要求であると評価しているのかもしれません。

経験上、離婚話がもつれ、その際、相手から包丁のような凶器を持ち出されたという相談を受けることは少なくありませんし、検察官として、このような背景事情から起きた殺傷事件というものも経験してきました。
たとえば、離婚したいと思っている妻が離婚を切り出したところ、離婚など考えてもおらず、妻に離婚を切り出されたことに逆上した夫が「そんなことを言うなら、お前を刺しておれも死ぬ」などというケース。
どんなに冷静に話し合おうとしても、相手の意思が変わらない、このままでは自分は離婚に応じざるを得なくなってしまうのか、と追い詰められた気持ちになり、何とかして相手に離婚を思いとどまらせようという思いからこうした行動に出てしまうということがあります。
そうやって包丁を持ち出すのは脅しの意味なんだから、危険はないでしょう、実際は刺してこないでしょう、という見方をするかたもいるかもしれませんね。
もちろん、ケースによっていろいろだとは思うのですが、私はそのような見方はあまりにも危険だと思っています。
包丁を持ち出すという行為には一般的にとても高いハードルがあるはず。
そのハードルを超えて包丁を持ち出してきて、さらにその刃先を向けてきたとしたら、すでに、自分の行動を冷静にコントロールできている状態ではないと思うのです。
たしかに、それをもって相手に危害を加えるに至るにはさらに高いハードルがある。
でも、離婚を突き付けられるという追い詰められた異常事態、興奮して感情コントロールが完全にきかなくなってしまう可能性もあります。
原則としては速やかに警察に通報すべき状況だといえるでしょう。
そして、普段の相手の言動からこういった危険な行為に出ることが予想される場合は、やはり、最初から二人きりで離婚についての話をしようとするのでなく、あらかじめ弁護士に相談して、話を切り出す場所、内容、同席者をつけるか、最初から弁護士を窓口にするか、離婚を切り出す前に家を出るかなどということを検討した上で安全を確保した状態で臨むほうがよいと思います。

家庭の中のことなのに、弁護士なんて大げさな…と思ってしまうかたもいるかもしれませんが、何かあってからでは取り返しがつきません。
本当に家庭内のこととして当事者同士でお話ししても問題がなさそうか、それとも、直ちに警察に相談したり、窓口を立てて話し合いをしたりしないと危険が及ぶおそれがあるか、その判断は、一度弁護士に相談してみてからでもいいかもしれません。離婚したいけれど、相手の反応が怖くて言いたいことが言い出せない、言いなりになってしまいそうな不安があるというかたは、一度、お気軽にご相談ください。

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