リーガルエッセイ
公開 2021.04.15 更新 2021.11.01

離婚紛争中の子の連れ去りは、犯罪になり得るのか?

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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「実子誘拐」

先日、SNSをチェックしていたら、「実子誘拐」というワードが目に留まりました。
気になって調べてみました。
報道によれば、あるプロ棋士の男性が引退した、その引退の理由について、ご自身の子を連れ去られる被害に遭ったことがきっかけとなっている旨表明されたと報じられていました。
男性が主張しているのは、離婚紛争中の妻による子の連れ去り。
妻にとって子は自分の子。
自分の子を連れ去ったとして、「実子誘拐」という言葉が使われています。
この話についてSNSやYouTubeのコメント欄などで多くの議論がされているようです。

もしかしたら、このような言葉、初めて聞いた、というかたもいるかもしれません。
でも、離婚事件を担当している弁護士にとって、子の連れ去りという問題はしばしば直面するとても身近で深刻な問題です。
私は、報道されていた男性の主張をきちんとひとつひとつ見たわけではないですし、ご家庭の事情ももちろんわかりませんので、この件についてのコメントは控えたいと思います。
そこで、この件をちょっと離れ、離婚紛争中の子の連れ去りという行為が犯罪になり得るのかということをとりあげてみたいと思います。

前提として、子の連れ去りは2つの場面で問題になり得ると思います。
1つ目は、夫婦と子が同居中、離婚に踏み出そうとしている一方の配偶者が子を連れて家を出てしまい、そのまま別居状態となるケース。
一方配偶者が子を連れて家を出て行ったことをもって、連れ去りと主張されるケースです。
2つ目は、一方配偶者が子とともに家を出て別居生活をしていたところ、子と離れて生活している方の配偶者が、子を自分のもとに連れ戻してしまうケース。
連れ戻し行為をもって、連れ去りと主張されるケースです。

1つ目のケースと2つ目のケース、それぞれ、子を連れて家を出てしまった行為や、子を連れ戻してしまった行為が、刑法上の犯罪にあたるのか?
子を連れて行った配偶者も、子を連れ戻した配偶者も、いずれも子の親であり親権者です。
にもかかわらず、少なくとも2つ目のような連れ戻し行為について、未成年者拐取罪という犯罪が成立すると判断した最高裁判決があるのです。
未成年者拐取罪というのは、未成年者を、これまでの生活環境から離脱させて自分や第三者の支配下に置くという犯罪。
問題となった事案で、夫婦は離婚をめぐって裁判をしているさなかだったとのこと。
妻が夫からの暴力を理由に2歳の子を連れて実家に身を寄せました。
子は保育園に通っていて、ある日、妻の母が子のお迎えに保育園に行き、帰宅のため、子を車に乗せる準備をしていたところ、別居中の夫(子の父)が隙をついて子に駆け寄り、子の両脇を抱えて抱き上げ、近くに止めておいた自分の車に子を乗せ、そのまま走り去ったとのこと。
これは夕方ころの出来事だったようですが、その日の午後10時過ぎ、人気のない林道に止めた車内にこの夫と子がいるところが見つかり、夫は未成年者拐取罪で逮捕されたという経過。
未成年者拐取罪で起訴された夫について、果たして未成年者拐取罪が成立するのかが問題になりました。
そして、最高裁判所は、成立するとして有罪判決を言い渡したのです。
ただ、子を今の環境から離れさせたから無条件に有罪、としたわけではありませんでした。
連れ戻したのが、(当時)子の親権者である夫であったということも考慮に入れて検討されています。
どんな検討がされたかというと、ポイントは2つあります。

  1. 夫の行為は、子を、保護されている環境から引き離して自分の事実的支配下に置いたといえるか
  2. 夫が親権者であるがゆえに、夫の行為は例外的に違法でないといえるか

まず、①については、夫の行為がこれにあたることは明らかとしてあっさりと未成年者拐取罪の要件を満たすと判断されました。

つぎに、②について。
被告人が、離婚で争っている、同じ親権者である妻のもとから子を奪って自分のもとに連れ戻そうとすることについて、そのような連れ戻しが現に必要といえるような特別な事情がないのだから、たとえ親権者でも正当化されないよ、と評価しています。
さらに、連れ戻しの仕方も、荒っぽく強引だし、子はまだ自分にとってどの環境がいいのか自分で判断できないような年齢だし、夫はいざ子を連れ戻しても実際どうやって育てていくのか、その見通しもちゃんと立てないままに行為に及んでいることから考えると、家族だからといって許されるようなレベルを超えてしまってますね、と評価。
そのような評価をもとに、②についても例外にあたらず、違法な行為といえるから、被告人は未成年者拐取罪について有罪として刑事責任を負う、との判断がされたのです。

この評価のしかた、どう思うでしょうか?
裁判所が認めた、夫による妻への暴力、連れ戻しの方法が荒っぽくて、やもすれば子がその過程でけがをしてしまったかもしれない不安も感じられること、発見された当時、かなり遅い時間帯に2歳の子と二人林道に止めた車内にいたということなどを考えると、この事案ではなるほどそのような結論になるのかなという考えかたもあるでしょう。

ただ、一般化して、広くこのような行為が未成年者拐取罪に問われるということには少し疑問を感じます。
実はこの最高裁の判断は多数派の意見ですが、これに反対の意見を述べた裁判官もいたんです。
反対の意見は、

  • 夫が連れ戻しをするにあたって、たしかに自分の手元に連れ戻さなきゃっていう特別な必要性はなかっただろうけど、連れ戻したいっていう夫の気持ちは親の情愛として理解できるでしょ?
  • たしかに、先の見通しも立てないままに自分の手元に連れ戻してしまったといえるかもしれないけど、でも、親子間の行為についてそれが本当に子のためになるのかなんてことは、連れ戻したその日というのではなくて、もっと長いレンジの中で評価すべきことなんじゃないの?
  • そもそもは、妻が子どもを事実上連れ出したわけで、妻が子を育てているという状態だって、別に、司法で監護者としての指定を受けたわけじゃないのに、妻のもとに子がいるという事実状態を過大視するっていうのはどうなの?
  • これで犯罪が成立するって言ってしまうと、本来は家庭裁判所の手続きを利用しなくてはいけないはずなのに、刑事告訴することで、連れ戻そうとした親権者を排除するっていうことが当たり前になっちゃうんじゃないの?

そのような考えを示し、刑事法が介入すること、つまり、このような連れ戻し行為を犯罪として処罰することにはもっと慎重にならなければいけないという意見を明らかにしています。

そして、さらに、この反対意見に対して、反論する裁判官の意見も「補足意見」として述べられています。
この裁判官は、たしかに、自分も、家庭内のことを刑事事件として解決しようとすることには反対で、できる限り家庭裁判所で解決すべき問題だということには賛成、とした上で、だからこそ、家裁での解決でなくて、実力行使をするということは許すべきじゃないと思う、と言っています。

いろいろな意見が出ています。
どう思いますか?
本当に難しい問題だと思います。
中立の立場にいる裁判官だってこんなに意見がわかれるんです。
当事者の立場に立ったら、立場によって意見が対立し、話し合いをすることがいかに難しいことか。
私も考えがなかなかまとまりません。

たしかに、離婚をめぐり紛争中の夫婦がどちらも納得するような結果にたどりつくことは難しいことです。
でも、だからといって、淡々と、定められた手続きを踏んで勝ちをめざすというのも違う気がします。
もちろん、依頼者のかたのために全力を尽くすことが使命であることは間違いないのだけど、依頼者と話し合いながら、お子さんに関する紛争の最終目標は、離婚をめぐって争っている夫婦の間にいる子どもが、夫婦間の争いとは無関係に、お母さんからもお父さんからも愛情を受けている自分というものをいつもしみじみ感じられる環境を作ることだということにあるという共通認識を持ちつつ、相手の納得感をも得る努力をしながら進めることが、子どもの思いにこたえることにも、子の幸せを思う依頼者の思いにこたえることになるのだと私は思っています。

連れ去りにどう対応するか、でなく、まずは連れ去りが起きないような話し合いを目指していきます。

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