リーガルエッセイ
公開 2021.02.04 更新 2021.07.18

正当防衛が成立し無罪となる場合とは?

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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正当防衛成立せず

自宅で、同居していた長男を刺殺したとして殺人罪で起訴された被告人男性に対し、1審は懲役6年を言い渡しましたが、先日、被告人側が不服申し立てをしたことにより開かれた控訴審の結論が出ました。
1審と同じ懲役6年でした。
控訴審では、被告人が、正当防衛が成立するとして無罪を主張していました。
報道によれば、被告人の主張は、長男からファイティングポーズをとって「殺すぞ」と言われて反射的に包丁で刺したというものであるとのこと。

最近、この件とは関係なく、たまたま私の知人から「正当防衛で無罪ってどういうこと?」と聞かれたことがあったんです。
私は、「あなたが、相手から、まさに包丁を振り上げられて刺し殺されるというケースを想像してみて。そのままにしていたらあなたはやられてしまうでしょう。ほかにとれる手段がない。あなたは自分の身を守るために、相手にやられる一足先に、相手を、あなたが持っていた包丁で刺して殺してしまったとする。そういう場合は、あなたには正当防衛が成立して、無罪になるっていうこと」と説明しました。
そうしたら、その知人から、まず、私の挙げた例が非常に物騒で、正当防衛を説明するための事例として相手に不当に恐怖心を与える不適切な事例だという旨の指摘を受けた上で、「でも、そんな話が通ってしまったら、みんな、『あのとき、相手が私を殺そうとしてきたんです。だから仕方なく自分を守るために先に相手を殺すしかなかったんです』って言うんじゃないの?そうしたらみんな無罪になるんじゃないの?だって、相手は亡くなっているのだから、反論されることもないから、みんな、嘘でも『相手からやられそうだった』って言うんじゃないの?」とさらなる質問を受けました。
たしかに、私自身の捜査経験を振り返っても、殺人事件の被疑者がそのような主張をすることは何度かありました。
でも、もちろん、そのような正当防衛の主張があれば、それが無条件に通るわけではありません。
被害者からの供述は得られなくても、被害者、被疑者の身体にどのような傷が残っていたか、現場に、被害者が先に攻撃してきたことを推認させるような凶器等痕跡があるか、被害者と被疑者との関係性、事件前の言動等から被害者が被疑者に対し攻撃してきたと認めるような事情がうかがわれるかなどから事実を推認していくことになるでしょう。

報道によれば、このたびの控訴審では、仮に被害者である長男が被告人の主張するようにファイティングポーズをとっていたとしても、それは素手であって、さらにはポーズを超えて攻撃を加えるような動きをしていなかったとして、被告人には危害を受ける危険が差し迫っていたとはいえないと判断し、正当防衛の成立を否定したとのことです。
被告人の身体には目立った傷がなかった一方、長男には首や胸に多数の傷があったことからも、被害者が抵抗する前に、被告人がほぼ一方的に攻撃したという事実を認めたと報じられています。
一部、被告人の供述を前提としたとして、という認定をしつつ、身体に残る傷という客観的な事実からも正当防衛成立の基礎となる要件が認められるかを判断しているようです。
直接証拠関係を見ているわけではないので、正確なことはいえませんが、報道されている限り、そのような認定が相当なのだろうと思います。

そして、懲役6年という量刑については、いろいろな受け止め方があるのだと思います。
私もいろいろ思うところはありますが、ただ、このご家族が長年抱えてきた事情を知らずして、もっとこうすべきだったのではないかとかこうすることもできたはずだとか、そもそもこの点が間違いだったのではないかとか、そんなコメントをすることはどうしてもできません。
でも、このような事件が今後絶対に起きないために自分に何かできることはないか、ということは考えなければいけないと思っています。
大きなことはできませんが、いつも受け止めきれないような事件を見聞きして無力感を感じるたびに最後は戻ってくる結論。
「自分が弁護士としてでもプライベートとしてでも関わるすべてのかた、一人一人に丁寧に関わり、そこで少しでも助けを求める声が聞こえたら、その声を絶対にとりこぼさない」
ここで宣言するまでもないことですが、私は、ついつい日々の忙しさに追われてしまうと意識から抜け落ちてしまいがちなので、改めて言葉にすることで自分を戒める意味をこめて。

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