リーガルエッセイ
公開 2020.11.13 更新 2021.07.18

体液をかける行為で問われる罪

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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他人に体液をかけたら何罪?

先日、電車内で女子中学生の手首に体液をかけたとして、男性が暴行罪で逮捕されたと報じられました。
このような報じられ方をするとき、その「体液」とは精液を指すことがありますが、本件の報道の限りではわかりません。
報道によれば、被疑者は「体液が出たのは間違いないが、短パンだったのでかかってしまったかもしれない」と供述しているとのこと。
被疑者が本当にこのような供述をしていたとしても、どのような文脈の中で供述されたものか、被疑者がどのような意図でこのような供述をしているのかわかりませんが、体液を被害者にかけるつもりではなかったという趣旨の否認をしているように読めます。

ただ、一般論でいえば、電車内で、体液が結果としてかかるような距離に人が立っていることは認識できるでしょうから、仮に、特定のだれかに体液をかけることを積極的に意図していなかったとしても、少なくとも、そんな位置関係で体液を出したら、人にあたるだろう、それでもかまわないといういわゆる未必(みひつ)の故意は認められるだろうなと思います。

「体液をかけた」という行為が、具体的にどのような行為だったのかが報道からはよくわからないのですが、この「体液をかけた」という行為がなぜ暴行罪にあたるとして逮捕されるのか、という点、疑問に思われるかたもいるのではないでしょうか?

体液をかける、という行為については、いったい何に体液をかけたかにより、成立する犯罪が変わってきます。
被害者のかばんなど持ち物に体液をかけたというときには、器物損壊罪が成立する可能性があります。
体液をかけただけであって、かばんを物理的に壊したわけでないのに器物損壊?と思われますか?
でも、器物損壊罪が成立するのは、物を物理的に壊す場合だけではないのです。
過去の有名な裁判例で、食器に尿をかけたことが器物損壊罪にあたるとしたものがあります。
物理的に壊れていなくても、心理的に、普通はもうこの物を使うことはできないという状態になったときは器物損壊罪が成立するのです。
体液をかばんにかけたとしたら、そのような行為は器物損壊罪にあたるといえるでしょう。

そして、体液を被害者の体にかける行為は暴行罪に該当します。
暴行罪の暴行というのは、人の身体への有形力の行使と表現されます。
人の身体に何かをかける、みたいな行為がこれに当たるというイメージはわきにくいかもしれません。
実は、過去の裁判例で、被害者に対して食塩を数回ふりかけて、食塩を被害者の顔や頭などにふりかからせたという行為が暴行罪にあたるとして起訴された裁判で、このような行為が暴行にあたるのかが争われた事案があります。
この判決では、相手に受忍すべきいわれのない、単に不快嫌悪の情を催させる行為であっても暴行罪の有形力の行使に該当するのだとし、結論として、人に食塩をふりかける行為もこれに該当すると判断しているのです。
そう考えると、被害者の身体に体液をかける行為も、被害者からすると受忍すべきいわれのない、不快嫌悪の情を催させる行為そのものといえるので、有形力の行使として暴行罪にあたるといえそうです。

なお、人の身体に体液(ここでは精液に限定)をかける行為は、ほかの犯罪にあたる可能性もあると思います。
たとえば、被害者の体を押さえつけたり、脅したりしてその状態で体液をかければ強制わいせつ罪にあたる可能性もあると思いますし、被害者が13歳未満であれば、そして、そのことを被疑者も認識していれば、暴行脅迫行為がなくとも強制わいせつ罪にあたり得ます。
公共の場所又は公共の乗物で卑わいな言動をしたとして迷惑防止条例違反に該当する可能性もあると思います。

報道された事件については、逮捕された被疑者の職業にも注目が集まっているようですが、事実関係は今後の捜査で明らかになるものと思います。
今後の捜査、処分に注目していきます。

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