リーガルエッセイ
公開 2020.07.21 更新 2021.08.13

迷惑系YouTuber コロナ感染発覚前の行動に非難集まる

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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先日、いろいろな動画を撮影してはYouTube上で公開していた男性が、スーパーで会計前の刺身を食べたとして、窃盗の被疑事実で逮捕されたと報じられました。
そして、その後、その男性に関しては、逮捕後の検査で、コロナ感染が判明したこと、逮捕前にその男性が各所で接触したかたや逮捕後接触した警察関係者などに、次々にコロナ感染が判明したことが大きく報じられました。
その男性が逮捕前に撮影していた自身の動画もテレビで放映されていましたが、なかには、激しくせき込んだ上、「コロナ」とつぶやく映像もありました。
このような経緯を踏まえ、男性と接触した後にコロナ感染が確認されたかたたちが居住する県の知事が、男性のとった行動を強く非難する意見を述べていましたね。
この報道を受け、ネット上でもテレビでもたくさんの声があがっていました。
なかでも、「この男性は、このご時世に、マスクもつけずに、大声でたくさんの人に接触し、多くの人にコロナを拡散させたのだから犯罪にあたるはずだ」という声が多くありました。
連日、コロナの新規感染者数が増加傾向にあると報じられ、政府のGo To トラベルキャンペーンをめぐっても県外移動が感染を拡大させるのではないかなどと議論されるなか、男性の行動をめぐってはいろいろな意見が出るということはもっともだと思います。

犯罪は成立するのか?

報じられている男性の行動に関して、私は、報道限りでしか把握していないため、本当の事実関係を知らず、直接のコメントはできません。
ですので、この件を離れ、たとえば、咳症状などがあったものの、コロナに関する検査は受けていない状態で、多くの人に接触したところ、その後に自身のコロナ感染が判明し、同時に、接触した多くのかたについてもコロナ感染が確認されたというケースを想定し、そのような行動をとった人に犯罪が成立するか、ということを考えてみたいと思います。

犯罪として考えられるのは傷害罪です。

傷害罪というと、人を直接殴ったり蹴ったりしてけがを負わせることで成立するというイメージがありますよね。
でも、傷害罪というのは、人の生理的機能に障害を与えることで成立する犯罪で、最高裁判所の判例でも、「その手段が何であるかを問わないのであり」「暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立する」と判断したものがあります。
ですので、コロナウイルスを他人に感染させる場合にも傷害罪が成立する可能性はあるのです。

ただし、実際に、コロナウイルスを他人に感染させたとして傷害罪で逮捕したり、起訴したり、ということは非常に難しいのではないかと思います。
ハードルになりそうな点は2つあると思っています。

1つは、故意についてです。
まだコロナ検査をしていなかったとすると、そもそも、自分がコロナ陽性だと確認していなかったことになります。
さらに、「こういう接触の仕方をしたら相手もコロナに感染する」と確定的な認識を持つことも難しいでしょう。
たしかに、故意が認められるためには、必ずしも、犯罪を実現するという確定的な認識をもっていること(たとえば、「自分は検査したらコロナ陽性だった。だから、マスクをせずに近い距離で大声で話せば相手には必ずコロナが感染する」と認識していること)まで必要なわけではなく、未必の故意といって、自分の行為によって、こういう結果を生じさせるかもしれないが、それでもかまわないと考えて行為に及ぶ場合は故意が認められる場合があります。
とはいえ、どのような症状が出ていたかにもよりますが、周囲を見ても、咳を伴うような軽い風邪を引いている人も多くいる中で、特に、自分がここでコロナに感染したというような心当たりもない人が、ある症状だけで未必の故意を認定することは難しいのではないかと思うのです。

もう1つは、因果関係についてです。
こちらの方がより高いハードルになると思います。
今、報道を見ても、経路不明の感染が増加しているといいます。
コロナに感染したというかたが、一定期間、一度も一人暮らしの家から出ず、その間、だれとも接触しておらず、感染発覚まで唯一接触したのが、今回感染が判明したこの人です、ということが立証できれば話は別かもしれません。
でも、おそらく、同じ時期に、会社に行ったり、電車やタクシーに乗ったり、飲食店に行ったり、スーパーに行ったりされているかたが多いと思います。
そうなると、それらの過程で不特定多数の多くのかたと同じ空間にいたにもかかわらず、それらの人たちから感染した可能性はなく、あくまでも、今回感染が発覚した人から感染させられたのだ、ということを立証することはまず無理なのではないかと思うのです。

故意の点、因果関係の点から、このようなケースで傷害罪を成立させることは非常に難しいのではないかと思います。

今回報道されている男性と接触をもった後にご自身の感染が発覚したというかたにとっては、仮に法的には故意や因果関係といった問題があり得ても、そんなことより、怒りや悔しさでいっぱいだと思います。ご自身のご不安ももちろん、周りのかたにさらに感染させてしまっていたら、と思うと本当にやり切れない思いになられると思います。
連休や長期休暇を控えた今、一人一人が自分の行動が周囲に及ぼす影響を考え、慎重に行動を選択する必要があると改めて思います。

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