リーガルエッセイ
公開 2019.12.19 更新 2021.07.18

元事務次官 殺人罪により懲役6年の実刑判決 判決は軽いのか、異例なのか

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、上場会社の社外役員を務める。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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検察側は懲役8年を求刑 懲役6年の実刑判決は異例なのか

12月16日、東京地方裁判所で、子を殺害した元事務次官の被告人に、殺人罪で懲役6年の実刑判決が言い渡されました。

この裁判は裁判員裁判で審理が行われ、判決が言い渡された翌日には、本件を担当された裁判員のかたが、本件を担当し、その量刑を決める過程でどのようなことを考えたか、いかに難しい判断だったかなどという感想を述べられていました。

主な争点は、量刑。
検察側は懲役8年を求刑しましたが、弁護側は執行猶予つきの判決を求めたこともあり、実刑になるのか、執行猶予がつくのか、大きな注目を集めました。

結果は、懲役6年の実刑判決ということになったのですが、そもそも、人ひとりの命が奪われた殺人既遂事件で、懲役8年の求刑、そして、懲役6年の判決、というのはあまりにも軽すぎるのではないか?という声も多く聞かれました。
たしかに、殺人事件、というと、その判決は、懲役15年を超える刑が言い渡されることも多く、法定刑として、死刑、無期懲役も用意されている非常に重い犯罪です。
そうなると、求刑8年、判決も6年、というのは、過去の裁判例に照らして、異例といえるのでしょうか?

結論として、異例とまではいえません。

といいますのも、家庭内で、さまざまな事情が被告人と被害者との間に横たわる事案について、被告人が犯行に至る経緯を見たときに、同情の余地が大きいと評価される事案では、懲役10年を下回る求刑がなされることもしばしばあることなのです。

「家庭内だと刑が軽くなる傾向にあるのか?」という疑問の声もあるかもしれません。
ただ、それは違います。
家庭内だから軽くなる傾向があるのではなく、家族の間で起きる殺人、となると、そのような行為に至るまでに、長年にわたるいろいろな問題が背景にあり、それを丁寧に見ていくと、(もちろん殺人が正当化されるということは絶対にないことは前提として)犯行に至ったいきさつに同情すべき点が大きい、という評価がされることがある、ということなのだと思います。

人ひとりの命が奪われた殺人事件に執行猶予はつくのか

また、求刑が10年を下回ることがあるというのみならず、言い渡される判決も、事案によっては、執行猶予がつくということもあります。
こういう事情があれば執行猶予になる、という明確なものはありませんが、たとえば、被告人自身が精神疾患を抱えながらも認知症の症状を呈する被害者を長年献身的に支えてきたという背景事情があった事案、子からの暴力に長年耐えてきた両親が身の危険を感じるとともに子の将来を悲観したという背景事情があった事案で執行猶予がついた裁判例があります。

裁判例を見ていきますと、犯行に至る経緯はもちろん、それ以外にも、被害者を殺害したことによる償いをどのようにするのがいいのか、といった視点が述べられているものもあるようです。
つまり、大事な家族を殺害した被告人は、間違いなく、このことを一生涯悔いていくであろう、そのような思いを持ち続けることこそが償いなのであり、刑務所に入ることだけが必ずしも相当といえないのではないかというものです。

今回の裁判について、被告人の年齢を考えたとき、懲役6年の実刑という判決は、必ずしも軽いと簡単に言うことはできません。犯行当時、被告人が、長年献身的にサポートしてきた子を自ら殺害するに至るまでに追い込まれていた気持ちを他人が想像することすら難しいといえます。
一方で、命を奪われた被害者は、自身がどのように悩み、苦しみながら生きていたのか、このような結果になった無念な気持ちを裁判の場で言う機会すら持てないのです。

私自身が裁判員の立場だったらどんな判断をするか、考えてみましたが、なかなか明確な答えにたどりつけません。
この裁判に関わった裁判員の方々のみならず、報道を見聞きした方においても、いろいろなことを考えさせられる裁判だったのではないかと思います。
執行猶予を求めていた弁護側において控訴するのか、今後が注目されます。

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