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裁判官の言葉の重みについて思うこと
先日のエッセイ(5歳児保護責任者遺棄致死 母親に懲役5年の実刑)でお話しした判決について、少し違う視点から取り上げてみたいと思います。
この裁判に関しては、判決を言い渡した後、裁判官が被告人にかけた言葉を取り上げる報道が見られました。
報道によれば、裁判官は、「裁判員と話し合って、伝えたいことがある」として、被告人の今後に関し、言葉をかけたとのことです。
判決言い渡し後の裁判官の言葉。
「説諭」などと呼ばれることがありますが、実は、刑事訴訟法規則の中に、この裁判官の言葉に関する根拠条文があります。
「裁判長は、判決の宣告をした後、被告人に対し、その将来について適当な訓戒をすることができる。」というものです。
実は、昔、私自身が司法試験に合格した後、司法修習生になる前の時期に、連日、電車で30分くらいのところにあった地方裁判所に行っては刑事法廷を傍聴することをひそかな楽しみとしていた時期がありました。
中でも楽しみにしていたことが2つありました。
1つ目は、被告人質問で、検察官が、被告人に対し、次々にいじわるな質問を投げつけ、被告人を追い込んでいくシーン。
2つ目は、裁判官が、判決言い渡し後に被告人に対し言葉をかけるシーン。
いつもノートを片手に傍聴席の一番前の席を陣取って傍聴していたものです。
そんな中で、当時の私は、この訓戒の意味について、「裁判官は、きっと、被告人からの好感度をあげることで、控訴を阻止しようと被告人の心に響くような言葉を言っているのではないか」などとひねくれた見方をしていました。
でも、その後、検察官として多くの刑事法廷に立ち会っていくなかで、その考え方は変わりました。
いや、変わったというのとは違うかもしれません。
この裁判官の言葉は、被告人の今後の人生にどれだけの大きな影響を持ちうるものか、ということを実感するようになりました。
もちろん、検察官も、弁護人も、警察官も、事件に関わる関係者は、皆、その関わる過程で、目の前の被疑者、被告人が、二度とこの場にこないようにということを一心に願い、どんな言葉をかければその心に届くか、必死で考えて、話をしているのだと思います。
実際、それで伝わる言葉もあると信じています。
でも、やはり、私は、裁判官が、判決言い渡し後に伝える言葉はちょっと違った重みをもっていると思うのです。
もしかしたら、人によるかもしれませんが、被告人にとって、裁判官は、判決言い渡しまでの過程では、非常に淡々とした対応に徹し、どこか法廷の高い場所から冷静な目で観察し、評価をしている人という存在なのではないかと思います。
訓戒の中でも、淡々と、執行猶予判決の意味を説明する裁判官もいます。
でも、そうでない裁判官も多くいます。
判決に込めた思いについて、その裁判官自身の言葉を届けてくれる場合もあるのです。
そこには、被告人の人生に少しでも関わった立場の者として、人として、被告人に伝えたいことや、今後の被告人にとって支えになるであろうことなど、言葉に体温が感じられることが多くあります。
これまで冷静中立な立場での訴訟指揮に徹してきた裁判官がぐっと距離をつめ、自分の言葉で語りかけたとき、その言葉はとてつもない重みを伴うように感じます。
検察官席で聴いていて、涙が止まらなくなったこともあります。
そして、そんなとき、被告人の表情をそっと見ると、涙を流す私を見て一瞬表情が緩んだ後、裁判官の顔をまっすぐに見返して、無言で深くうなずいたりするのです。
過ちを犯してしまった人が、以後、行動を変えるための原動力になるのは、心が大きく動くことだと思いますし、ほかの人からかけられた言葉が、心を大きく動かしてくれることもあると思っています。
そんな力を裁判官の訓戒は持っていると思います。
裁判官もその言葉の力を十分認識されているからこそ、もしかしたら、事実認定や量刑について考えるのと同じくらいの時間や労力をかけて、この被告人にどんな言葉をかけたら更生に向けた力になるだろうかと考えているのではないかと思うことがあります。
そして、今回の事件について、思いをめぐらせます。
もし、私が裁判長だったら、被告人に対して、どんな言葉を届けただろうと。
一言発したら、感情を止めることができなくなってしまいそうで、もしかしたら、何も言えなくなってしまったかもしれないとも思うのです。
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