
破天荒な弁理士、大鳳未来が、特許にまつわるトラブルを解決していく人気ミステリ「大鳳未来シリーズ」を手掛ける南原詠氏。企業内弁理士として活動するかたわら、宝島社が主催する『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、小説家として活躍している。異なるふたつのジャンルを組み合わせて新たなジャンルを生み出す発想法、小説と新規ビジネスの共通点について話を聞いた。
企業内弁理士と小説家 二足のわらじの「裏側」
企業内弁理士と小説家といういわゆる二足のわらじで活躍されていらっしゃいます。どの時間を使って執筆されているのですか?
平日は会社から帰ってきてから夜に少し。ただ、あまり進むわけではありません。やはり土日が主な執筆の時間になります。余裕があるときは丸々1日休みを入れてリフレッシュしています。それでも心配になって書こうとしてしまうので、「やっぱり休もう」と考えて休むようにしています。ちゃんと休むぞと決めないとつい書こうとしてしまうんです。弁理士の国家試験の勉強をしているときも、休まないと非効率だと分かっていながらも心配だから勉強していました。平日でも1日は休みを入れた方がいいよと、当時の予備校の講師から言われていたんです。お世話になった講師は水曜日を休みにしていたというので、私も水曜日は休もうとしてみたのですが、それでも勉強しちゃうんですよね(笑)。そのクセがいまでも残っているのかもしれません。
小説のプロットやストーリーはどのタイミングで考える、浮かぶものなのですか?
コントロールできないんですよね。たとえば『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』(※第20回『このミステリーがすごい!』大賞受賞のシリーズ第1作目)で重要なプロットとなるVTuberは、歯を磨いているときにふと思いついたんです。「VTuber? アリだな」と降りてきたんですね。以降はいろいろと試していくうちにできていきました。
具体的にはどのように考えているのですか?
箇条書きで5~6個のアイデアを並べて試してみます。1の路線で考えてみては引き返し、2の路線を進めては止めとやっているうちに、4番目のアイデアがいけるのでは?と手応えが生まれて、ならば進めてみようという感じですね。
VTuberをテーマにした『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』で『このミステリーがすごい!』大賞を受賞されました。本作はどのように作られたのですか?
応募締め切りの2~3ヵ月前まで、別の作品を書いていたのですが、あまり面白くないなと思っていたんです。応募まであと3ヵ月ある、ならばゼロから1作作れるなと思って書いたのがあの作品でした。
プロットを組み立てる際に、なにかを組み合わせようと思ったんです。ひとつは「特許」と決まっているので、もうひとつは何にしようかと考えたときに、いま流行りの、もしくは話題となっている時事ネタにしようと考えました。キャッチーなネタはなにかないかと考えながら歯を磨いていたときに「VTuberがいいかもな」と思ったんですよね。以降は、必ずベースにはなにかの組み合わせをしようというのがあって、その式にいろいろと代入していき、出てくるものを楽しむといった感じで書いています。
そもそもどうして小説をお書きになろうと思ったのですか?
挫折から始まっているんですよ。元々のキャリアは回路設計エンジニアとして勤務していました。でも才能がないなと自分で分かるんです。理系の場合は30歳くらいで開発から知財分野に移ることが珍しくなかったので、自分もやってみようと思ったのが弁理士を目指したきっかけです。
社内での異動を考えると、資格があれば説得力が増すだろうと思って勉強を続けていくうちに「ひょっとしたら弁理士も合わないかもしれないぞ」と思い始めたんですよね(笑)。というのも、絶対に無くしてはいけない書類を無くしたりするんですよ。事務作業がまったく向いていない。気が散りやすいんですね。となると、資格を取って独立するという線がなくなる。集団生活は苦手なので、資格を取ったらいずれ独立をと考えていたのですが、どうやら無理だぞと。組織のなかで生きていかなければならないなとキャリアについても悩んでいたんです。
悩みながら惰性で弁理士試験の勉強を続けるのですが、ぜんぜん試験に受からないわけですよね。そんななかで、答案練習会に出たんです。真っ白な答案用紙を見て、「なにか好き勝手に書いてみたいな」とふと思ったんです。法律資格の答案ですから、誰かの言葉をそのまま書かないといけないんですよ。点や丸の位置まで全部正確に写すのが試験の基本なんです。それがすごいイヤだったんですよ。とにかく自由になにかを書きたい、物語を書きたいと思った。これはきっと心の声なんだろうと思って、小説を書き始めたんです。
おいくつくらいの頃だったんですか?
33歳のときでした。ただ、書くといっても誰が読んでくれるのかという話なんですよね。そこでマーケットがどれくらいあるのだろうかと考えました。
当時、池井戸潤さんの『下町ロケット』が大ヒットしていました。「特許」という単語が一般の人たちの頭に入ってきていた時期だったんです。さっそく『下町ロケット』を買って読んでみたら、たしかに特許の話は出てくるのですが法律論にそこまで深く突っ込んでいるわけではない。意図的にそうしているのだと思うのですが、特許の分野の専門性は前面に出さずに人情をテーマに描かれていると感じました。読んでみて、特許をテーマにしたミステリー作品って聞いたことがないな、ひょっとしたらニーズがあるかもしれないなと思いました。少なくとも新しさはあるよなと思ったんです。小説の新人賞は新規性に注目して判断されるので、このテーマなら新しさは出せそうだと。そのあたりで、テーマと新人賞の大賞を取るという目標が固まりました。
アーリーアダプターを攻略後 次の展開へ
スタートアップ的な発想ですね。新規性とマーケットのパイとのバランスについてはどのようにお考えでしたか?
大賞を狙うにあたって選考委員の人たちの印象に残るだろうという点にまずはフォーカスしました。ジェフリー・ムーアの『キャズム: ハイテクをブレイクさせる超マーケティング理論』という本がありますよね。あの考え方は参考にしました。アーリーアダプターを攻略しなければいけない、まずはそう割り切ったんです。実際に受賞してからは、専門知識がなくても楽しめるエンタテインメントに振っていかなければならないとも思っていました。新人賞を受賞すると、受賞後に作風がガラッと変わる人のほうが売れるとも聞いていたんです。その後のことは受賞できた後に考えればいい、まずは新人賞を受賞してデビューすることを最優先で考えようと思っていました。他の人のマネをしていたら上手い人には勝てませんから、自分でマーケットを作るつもりでいました。
生意気なことを言うなと怒られてしまうかもしれませんが、小説家のデビューというのは、ある意味で起業と同じだと思うんです。お客さんがいて、自分のプロダクトを買ってくれるかくれないのか。買ってくれないのならマーケティングをしなきゃいけない、これってビジネスとまったく同じだと思うんです。
受賞作は、応募時には専門的な法律用語もてんこ盛りに入れておき、受賞後に書き直すつもりだったと過去のインタビューでも語っていらっしゃいますね。
ただ、自分の想像していた以上に改稿が必要でした(笑)。めちゃくちゃ怒られたんですよ、「分からない」「分かりにくい」って。選考される方は筋金入りの読書家ですから、彼らの知識レベルに合わせないといけない。だから難しくてもいいから正確性を重視しようとしました。そうするとやはり法律論の面で難しくなる。結果的にその点を評価していただけたので作戦としては成功だったのですが、やはりエンタテインメントとしては難しいのでリライトが必要でした。
「大鳳未来シリーズ」では、現実のサービス・商品名や地名と、虚構がバランスよく混じり合っていて、読者は小説の世界に現実から地続きで入り込める作りになっていますね。
弁護士ドットコムやARMといった単語も出てきますね(笑)。弁護士ドットコムはインターネット上で弁護士に相談ができ、依頼することもできる画期的なサービスの魁でした。有名だからみんな知っているだろうと思ってさらっと出したんです。現実の固有名詞とファンタジーを混在させ読者に楽しんでもらうという点は意識しました。現実に「ありそう」と思ってもらいたいという思いですね。現実と虚構を組み合わせて自分で展開していくのは自分でも楽しんでいます。
先ほど「キャズム」についてのお話がありました。先生の現在の感覚では、どの程度「特許×エンタメ」というジャンルは一般に広がったとお考えですか?
たぶん、いま目の前に大きな山があるのですが、また別の山を目指さなければダメなのかなというイメージなんですよね。ホールプロダクトモデルの考え方なのですが、コアになる部分があって、いまここまでカバーしてます、と。それだとお客さんのニーズはまた別の位置にあるので広げていかなければいけない。自社の製品がニーズに対応できるよう、広げられるように作っておかなければいけない。その裾野を広げているまっ最中です。なので目の前にある山を登るというよりも、あの山もそこの山も登れる状態にしておきたいと考えています。具体的には、なるべく特許の色を薄くしていかなきゃいけない、むしろ薄くしてもいいのかなという判断をしているところです。
デビューの段階でまずは強く「弁理士」と「特許」という点を打ち出せました。此処から先もその方向性だけでいく道もあるのかもしれませんが、いろいろとチャレンジしてみたい、広げていきたいと考えているところです。
(後編に続く)
Profile
南原 詠 氏
弁理士 / 小説家
1980年生まれ、東京都目黒区出身。東京工業大学(現・東京科学大学)大学院修士課程修了。元エンジニア。現在は企業内弁理士として勤務。第20回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞を受賞し、『特許やぶりの女王 弁理士 大鳳未来』で2022年にデビュー。他の著書に『ストロベリー戦争 弁理士・大鳳未来』『シルバーブレット メディカルドクター・黒崎恭司と弁理士・大鳳未来』(以上、宝島社文庫)がある。
著書紹介
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- シルバーブレット メディカルドクター・黒崎恭司と弁理士・大鳳未来
宝島社文庫刊
製薬会社と特許権侵害にまつわる戦いを描いたシリーズ最新作。
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- ストロベリー戦争 弁理士・大鳳未来
宝島社文庫刊
いちご園と商標権侵害をテーマに描いたシリーズ2作目。
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- 特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来
宝島社文庫刊
人気VTuberを守るため、大鳳未来が東奔西走するデビュー作。