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INNOVATORS
公開 2024.11.27

「世界の鉄人」がスポーツ庁長官として手掛ける、日本のスポーツ振興と健康増進
スポーツ庁長官 室伏 広治 氏 インタビュー(後編)

「世界の鉄人」の異名で呼ばれるほどの実績を残し、アスリートとしては第一線を退いた室伏広治氏は、現在、スポーツ庁長官として日本のスポーツ政策を司っている。日本のスポーツ文化を今後、どのように発展させていくのか? 子どもたちの未来は? 話を聞いた。

取材・文/山口和史 Kazushi Yamaguchi 写真/西田周平 Shuhei Nishida

スポーツを通した健康増進、スポーツ庁の施策を聞く

- 第一線を退いた後、2014年から6年半にわたって東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の一員として活動を続けてきた。2020年からはスポーツ庁長官として、日本のスポーツ政策をリードしている。

室伏 広治 氏 (以下 室伏氏): ちょうど4年務めさせていただきました。長官として『感動していただけるスポーツ界』を作るためにさまざまな施策に取り組んでいます。

オリンピック、パラリンピック選手を一体的にサポートするための、ナショナルトレーニングセンターも配備され、サイエンスの側面から支える国立スポーツ科学センターの運営にも力を入れています。一方で、国民の心と体の健康をどうやって高めていくのか。世界の第一線で戦ったことで得られた知見を、いかにして国民のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)の向上に繋げるのかに取り組んでいます。

- スポーツ庁のホームページでは室伏氏自らが考案した、老若男女の誰もが手軽に行えるトレーニング法なども公開している。ロジカルにトレーニングを続け、トップアスリートとして自らの体を鍛え上げ、競技の枠を超えたアスリート指導、さらにはスポーツサイエンティストとして研究活動に力を入れてきた室伏氏だからこそできる施策と言っていいだろう。

室伏氏 : 競技スポーツ分野と健康スポーツ分野とを分けて考えるのではなく、一体的に取り組むことでの相乗効果で、ハイパフォーマンスの取り組みも、健康スポーツとしての取り組みも、より一般国民に広まると考えています。こういった取り組みは、スポーツ庁ホームページに掲載し、YouTube で配信させていただき、私自身も出演させていただいています。

さらには、スポーツ・ツーリズム、とりわけ武道ツーリズムにも力を入れ、日本の魅力をたくさんの方に知っていただくべく取り組みを行ったり、積極的にモータースポーツにも力を入れて、地方活性化につなげたりもしているところです。
体育館で『するスポーツ』だけではなく、スタジアム・アリーナの改革により、『見るスポーツ』『楽しむスポーツ』『エンジョイするスポーツ』が深まってきていると実感しています。これにより、交流人口を増やして街を活性化し、スポーツやエンタテインメントを通した、プロフィットセンターとしての役割に変貌しています。

- 部活動改革も進めている。スポーツを部活動という狭い枠組みから解放し、学校の外にもスポーツに親しめる場を設け、専門家の力を借りながら持続可能なものにしていく取り組みだ。

室伏氏 : 少子化によって子どもたちがスポーツに触れ合う機会がなくなってきていますよね。学校単位ではチームが組めない地域も出てきています。

人口が多い地域では別に部活動でいいじゃないかと思うかもしれませんが、我々は将来を見越して、大変な状況になる前に手を打ち、学校からスポーツを解放するべきだと考えています。よくスポーツを学校教育として扱うと言われるのですが、スポーツでは生き方や哲学といった教育以外の要素も学ぶことができます。

部活動を2〜3年やって燃え尽きて引退というのではなく、生涯を通して、スポーツに親しむ環境を作り、メンタリティも育まなければいけないと思っています

- スポーツの可能性を広げていく活動と並行して、薬物との付き合い方についてもスポーツ界から提言している。

室伏氏 : 痛み止めなどのオーバードーズの問題もありますが、スポーツ庁としてのスポーツの社会実装を目指した街単位での研究で、地域住民に対して3ヵ月間のモーターコントロールエクササイズを施したところ、腰痛や肩こりが改善し、QOLが高まり、エクササイズの効果がエビデンスとして構築されました。QOLが高まれば、快適に日常を過ごせるようになり、スポーツへの参加率も増えると思います。

また、研究報告(室伏ら※1)で 49.1歳を機に、柔軟性、筋力、バランスの各能力が、急激に衰えることがわかりました。
一般的に50歳を越えると急激にデスクワークの割合が増えることが分かっていますので、少しでも元気で体力のある方が増えてゆけば、日本のGDPにも寄与すると考えています。

スポーツ庁では、今後も国民のライフパフォーマンスの向上に向けた活動を続けていきます。

- 世界を知り、人類の肉体を知り、日本のスポーツの現場も知る「世界の鉄人」が、スポーツを通して心身の健康のために今後も活動を続けていく。

男女別における年齢と運動器機能(KAスコア)が低下する変曲点の推定

<前編はこちら>

<中編はこちら>

Profile

室伏 広治 氏

1974年静岡県沼津市生まれ。日本のハンマー投選手、スポーツ科学者、陸上競技指導者。2004年アテネオリンピックのハンマー投競技にて金メダルを獲得。陸上・投擲種目で金メダルを獲得したのはアジア人初。ハンマー投のアジア記録・日本記録保持者。日本選手権では前人未到の20連覇を達成。国際オリンピック委員会文化五輪遺産委員、国際オリンピック委員会アスリート委員など要職を歴任し、2020年からはスポーツ庁長官を務める。2004年、紫綬褒章を受章。