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公開 2024.07.31

中小監査法人という「選択肢」。
パートナーが語る、業界のトレンドと監査法人の選び方(前編)

昨今、監査業界に大きな再編の動きが進んでいる。監査報酬の高額化、業務のマニュアル化、小規模監査法人の淘汰などの動きは企業にとっても他人事ではありません。現在、監査業界にどのような動きが見られるのか、トレンドと企業が自社に合った監査法人をどのように選べばよいのか、東光監査法人パートナーの安彦潤也氏(公認会計士・税理士・認定IFRSスペシャリスト)に話を伺いました。

マニュアル化が進む監査業界

2024年現在、監査業界にはどのようなトレンドがあるのでしょうか?

監査がどんどん厳しくなっています。会計不正が明るみになると、金融庁や会計士協会からの締め付けが厳しくなるんですね。その結果、特に大手の監査法人では細かいマニュアル化が進み、人手も手間もかかるがためにお客様に対してオーバーコストになるといった状況が続いています。

それはいつ頃からですか?

エンロン(2001 年)やカネボウ(2005年)などの会計不正事件がありました。あの頃から徐々に進んでいる印象です。およそ20年ほど前までは、絶対外せないポイントを絞って効率的に監査を進めていたのですが、現在では「そこまで本当に見る必要があるのか?」と会計士である私が疑問に感じる部分にまで目を光らせなければならず、その結果、お客様の監査フィーが上がる一因になっています。

監査報酬は今後も上がっていく流れなのでしょうか?

ちょうどいま審査中なのですが、上場会社監査事務所登録という制度があります。ある
程度の監査品質を保っていないと上場会社の監査はしてはならないという制度なのですが、これも監査報酬が上がる理由のひとつになりそうだと見ています。この制度は監査法人にガバナンスコードをしっかり守るようにという内容です。

当所も含めて中小監査法人は、今年の4月頃から一斉に審査を受けているんですね。事務所の体制をしっかり構築する必要に迫られている結果、監査報酬を上げざるを得ない。業界全体で今後も上がっていくのではないかと思います。

日本の監査報酬はそもそも適切な金額だったのでしょうか?

日本の監査報酬はもともと安かったんですね。アメリカでは億単位のフィーになることも珍しくありませんが、日本では数千万で高いと言われてしまう。世界的な視野で見ると業界的には監査報酬を上げていきたいという意図もあるかもしれません。

東光監査法人としては監査報酬を上げていきたいですよね?

もちろん上がった方がうれしいのですが、お客様のことを考えると複雑な気持ちです。監査報酬が上がることで、そんなに払うのなら上場するのをやめようという企業も出てくると思うんです。
上場したものの、市場からお金を集めるわけでもなく、コストだけが嵩んでしまうお客様も出てきてしまうので、そういう企業は上場しなくてもいいのではないかと思います。

大手監査法人の動向についてはいかがですか?

大手は海外のビッグファームに入っています。海外のファームから見ると、日本の監査報酬は安すぎるということで、現在は年間最低3千万円の監査報酬をお客様へ提示するよう指示が出ていると聞いています。その結果、業界全体で監査報酬が上がる一方で、大手を避けて中小の監査法人にリプレイスしている企業も増えているようです。

監査業界にも押し寄せる電子化の波

監査業界の技術革新はどのように進んでいるのですか?

以前はみんな紙でやっていましたけど今は電子が普及してきています。大手監査法人では20年ほど前から電子化への移行は進んでいたのですが、中小の監査法人ではようやく最近進んで
いきました。

電子監査調書という、後に改ざんができなくなるシステムを構築しようとすると、年間何千万円も費用がかかります。大手監査法人ではビッグ4のシステムをそのまま使っているのですが、それでも何億円のイニシャルがかかる。高コストために導入が進んでいませんでした。

ところが、監査業務に対する金融庁からの引き締めが厳しくなったことや監査法人自体の体制不備が明るみになったことなどが絡んだ結果、導入する方向に業界全体が向かいました。これは今後必須になっていくと思います。

電子監査調書が普及することで、客側のメリットはありますか?

直接はありません。監査法人の体制が強化される、監査法人が改ざんできなくなる、それだけです。

ちなみに監査業務の中で最近変わった部分はどのような点がありますか?

考え方ですね。リスクアプローチの部分です。以前は会計士の知見と経験でどこが重要なのか判断して進めていました。現在は、会計士協会から出された監査基準がどんどん増え、その基準に沿った監査業務が求められています。その結果、どの会計士が見ても品質は一定を保てるようにはなりました

マニュアル化にはデメリットもある。

経験のある会計士にとってはムダと思える業務、お客様に余計な手間を与えてしまう業
務もあります。

マニュアル化は業界全体で進んでいるのですか?

特に大手監査法人で進んでいるようです。その結果、大手では現場への権限委譲が極端に少なくなっています。少しでもマニュアル外の懸念事項が発生すると本部に上げて審査にかけ1ヵ月後にようやくその結果が出るというような時間的なデメリットも起こり得ます。
マニュアル化が進む前は、経験のある会計士が現場監督として権限を持ち、その場で即断して進めることができたのですが、そのような風潮が減っていると聞いています。

海外展開するなら大手、国内企業なら中小

企業が監査法人を選ぶ際、大手監査法人を選ぶメリットとデメリットはどのようなところにありますか?

メリットとしては、グローバル展開している企業は大手監査法人を選ぶと良いでしょう。大手は海外の主な拠点に支店がありますから、一気通貫で監査業務を進めることができます。
中小監査法人には海外の拠点があるところが少ないですから、その都度その拠点の監査法人を探して提携する必要があります。
その監査法人を信用できるのか否かも分かりませんから、グローバル展開している企業は大手にお願いするのが安心かもしれません。あとはネームバリューですよね。

デメリットの部分はいかがでしょうか?

やはりひとつは監査報酬です。先ほどもお話しましたが、大手監査法人では最低3千万円の監査報酬を提案するよう指示が出ていると聞いています。
また、グローバル基準で行わなければならない作業も発生し、企業の担当者にも負荷がより強くかかる可能性があります。大きい事務所なので固定費も高く、その分も報酬に上乗せされて高くなるというデメリットも考えられますね。

現場での実際の業務にも違いはあるのですか?

大手監査法人では新人会計士の教育の場としても活用されますので、毎日人が入れ替わって作業が行われるケースが見られます。また、会計士試験には合格しているものの、まだ現場経験がなく会計士登録できない(※現場経験が3年必要)修行中のスタッフもアサインされます。企業の担当者としては、同じ説明を何度もしなければならず手間がかかるといった不具合も起こり得ます。

中小監査法人の場合はいかがですか?

一般的に「中小」という響きから安かろう悪かろうを想像するかもしれませんが、実際は安かろう良かろうなんですよね。基本的に大手監査法人で経験を積んで独立した会計士で構成されているので、知識や経験はある。その上で、大手監査法人のやり方の良いところは吸収し、お客様のためにならない点は改良してサービスを提供しています。
たとえば、当所ではチームメンバーは固定できたり、経験のある会計士資格保持者だけをアサインできたりといった点が挙げられます。

会計士として現場で5年、10年と経験を積んだスタッフが固定で毎年担当してくれるというのは、クライアントにとってもやりやすいですね。

そのうえで当然、大手よりも監査報酬は安いですからね。現段階で海外展開をしてい
ない企業なら、大手監査法人に依頼するメリットはそれほどないのではないかと思います。

監査法人のリプレイスは進んでいるのですか?

監査報酬が上がっているので中小監査法人に移る企業が2年ほど前から増えています。大手監査法人が監査報酬を一律3千万円以上にするという動きが目立ち始めてからこの傾向が進みました。

とはいえ、企業としては監査法人は変えづらいですよね。

なかなか監査法人のコネクションはありませんからね。上場するときは主幹事証券会社が監査法人を紹介してくれますが、変えようとするとコネがない。
そこで、ネットで探したりもするし、依頼している監査法人から聞いて「お願いしたい」といらっしゃるお客様もいます。
中小監査法人は大手出身の会計士が多いので、古巣のパートナーから「そっちでお願いできないか」と振られるケースは珍しくないんです。監査法人間の引き継ぎも法律で義務化されていますし、引き継ぎのデメリットというものはあまりありません。

今後の業界の見通しとしてはどのような流れが考えられますか?

ひとつは小規模監査法人の動きですよね。上場会社等監査人登録制度の審査が通らない監査法人は閉鎖したり合併されたりといった動きが出てくると思います。もうひとつは監査法人の住み分けですね。大手はグローバル展開している大企業、中小監査法人は国内展開している企業といった住み分けが進むのではと見ています。

<つづく>

Profile

安彦 潤也 氏

公認会計士・税理士・認定IFRSスペシャリスト
2002年、公認会計士の2次試験合格、新日本監査法人非常勤入所。2003年に同所常勤入所。2006年に公認会計士登録。東光監査法人代表社員、Authense税理士法人代表、ジール・チャイルドケア株式会社設立代表取締役など要職を務める。「中小企業のがんばる社長のパートナー」をモットーに、会計士、税理士として厚い信頼を寄せられている。