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マイクロソフトは、生成系AIの時代において最も注目すべき企業として浮上しています。生成AI技術を開発する米OpenAIへの巨額の投資やAIサービスを含む急成長する成長率の高いクラウド事業など、マイクロソフトがなぜ注目されるのか、その理由を解説します。一体どのようにしてマイクロソフトがAI分野で競争優位を確立しつつあるのか、グーグルやアマゾンなどの巨大企業がどのようにマイクロソフトの牙城を崩していくのかに注目しながらご一読ください。
マイクロソフトはOpenAIへ巨額の投資をしているが、大半を売上として回収可能
マイクロソフトらはOpenAIへ100億ドル(約1.3兆円)の巨額投資を行いました。OpenAIの費用の大きな部分は、機械学習のための計算に使用され、Azureのクラウドサービスを利用しています。マイクロソフトにとっては、投資の大部分がAzureの売上として回収可能なため、非常に戦略的でリスクの少ない投資となっていると言えるでしょう。
加えて、OpenAIのAPIサービスの利用者も増えてきており、ShopifyやSnapなどの大手企業もその顧客に名を連ねています。OpenAIのサービスはAzureクラウドによって運営されており、使用量が増えるほどOpenAIのAzureに対する支払いも増大します。言語生成AIであるChatGPTの運用には1日に70万ドルもの費用がかかっていると報じられており、OpenAIのサービス利用が増えることでAzureの売上も増大することが見込まれています。
マイクロソフトの売上の中で最も成長率の高いクラウド事業はAIが牽引している
マイクロソフトの2023年1〜3月の四半期決算を見てみると、Intelligent Cloudセグメントが売上規模でも$22.1Bと最大で、成長率も(為替の影響を除外して)前年同期比+19%と最速で成長していることが読み取れます。
同セグメントはすでに$9.48Bもの営業利益をもたらしており、利益率も非常に高いのが特徴です。
クラウド事業者の市場シェアの時系列推移を見ても、マイクロソフト(Azure)が急速に市場シェアを獲得しているのがご覧いただけると思います。
マイクロソフトの売上の中で最も成長率の高いクラウド事業は、AI技術が牽引しているとも言えます。
CourseraやGrammarlyからMercedes-BenzやShellまで、2500以上の企業がAzure OpenAIサービスを利用しており、四半期ごとに10倍の成長を遂げています。米健康情報管理サービスのEpic Systemsも最新のAIを業界トップのEHRソフトウェアに統合するためにAzure OpenAIサービスを使用しています。
(AIサービスを含む)Azure事業は、売上成長率は、前年同期比で+26%から27%と予想されています。ベンチャーキャピタリストのTomasz Tunguzの予測によれば、マイクロソフトの機械学習サービスは9億ドルの収益を上げており、その急成長を維持すれば年末までには数十億ドル(数千億円規模)規模のビジネスになる可能性があると述べています。
この予測通りになれば、マイクロソフトはOpenAIへの投資を回収してしまうかもしれません。
現時点では多くのプレーヤーがGPU不足に苦しんでおり、GPU不足が業界を通じて深刻な問題になる中、シリコンバレーでは、ベンチャーキャピタルが大量のGPUを予め購入し、投資先へGPUを優先供給できる点を差別化要素とするということまで起こっており、「希少資源」であるGPUを安定提供できるクラウドプラットホームとしてのマイクロソフトAzureの優位性はしばらくは揺るがないでしょう。
マイクロソフトの他のプロダクトの波及効果も大きい
マイクロソフトはBing検索エンジン、販売・マーケティングソフトウェア、GitHubのコーディングツール、マイクロソフト365の生産性バンドル、そしてAzureクラウドといった他の製品にもOpenAIの技術を統合しています。
OpenAIモデルによって動かされるAIコード生成ツールであるGitHub Copilotは、Coca-ColaやGMなど1万以上の組織で使用されています。Copilotのビジネスプランは開発者1人当たり月額20ドルで、これは年間数億ドルの売上をもたらす可能性があります。
Edgeブラウザは8四半期連続でシェアを拡大し、同社の検索エンジンBingは再びアメリカでシェアを伸ばしました。また、マイクロソフトのロボティックプロセス自動化(RPA)製品は好調で、Power Platformの月間アクティブユーザーは年間比50%増の約3300万人にまで達しました。
マイクロソフトは現時点で競合他社から頭ひとつ抜け出している
マイクロソフトがAIビジネスで成功しているのは、いくつかの要因によるものです。
まず、ビジネスモデルや利益確保の道筋が立っていなかった時点で、マイクロソフトは誰よりも早くOpenAIへの投資を行いました。
次に、幅広く独占的な流通チャネルも大きな要素です。マイクロソフトはOffice、コラボレーション、生産性ツールなどのプロダクトを通じて多くの産業・顧客に浸透しており、これによりOpenAIの技術を何百万人ものユーザーや数千の組織に販売することが可能となりました。
さらに、積極的なブランディングキャンペーンにより、OpenAIおよびマイクロソフトは新たな生成AIモデルの先駆者として注目を集めました。OpenAIは分野の先駆者ではなく、唯一の企業ではありませんが、GPT-3やChatGPT、DALL-Eなどに関するニュースストーリーを通じて、多くの人々がAIの進歩について知るようになりました。
しかし、AIビジネスでは、マイクロソフト以外の巨大企業も手を打ち始めています。アマゾンは、BedrockというスケーラブルでサーバーレスなLLM(大規模言語モデル)とディフュージョンモデルへのアクセスを提供するプラットフォームなど、新しい製品でマイクロソフトに挑戦しています。また、個々の開発者には、GitHub Copilotに対抗するCodeWhispererを無償で提供しています。
GoogleもAIプロダクトの展開により注力しており、DeepMindとGoogle Brainを統合してAI研究開発機能を一本化しています。そして、Cohere、AI21 Labs、Anthropicといったスタートアップ企業はOpenAIに対抗するサービスを開発しています。
このように、マイクロソフトは巧みな戦略と積極的な投資を通じて、生成AI時代のビジネスを牽引しています。しかし、生成AI市場はまだまだ大きく成長すると見られており、他の企業もそれぞれ独自の戦略を持っています。今後の展開が楽しみな領域であることは間違いありません。
Profile
シバタ ナオキ 氏
元・楽天株式会社執行役員、東京大学工学系研究科助教、スタンフォード大学客員研究員。東京大学工学系研究科博士課程修了(工学博士、技術経営学専攻)。スタートアップを経営する傍ら「決算が読めるようになるノート」を連載中。