株式会社PKSHA Technology(東京都文京区)の代表取締役を務める上野山勝也氏は、日本におけるAI研究の第一人者として知られる。東京大学の松尾豊教授の元で機械学習技術を学んだのちに起業。5年で上場を果たし、現在ではデジタル臨時行政調査会作業部会の委員も務める。AIビジネスの最先端を走り続ける上野山氏に、企業とAIの未来について話を聞いた。
AIは人間の知的生産を向上させる
- 現在のAIブームをどのように捉えていらっしゃいますか?
上野山勝也氏(以下、上野山氏):ディープラーニングが登場したころと同様なことが起こっていると感じています。ディープラーニングも出てきたころは騒がれたんですね。なんでもできる、いろいろとできるんじゃないかと大きく騒がれたのですが、実際にはなんでもできるわけではなく、一部は本質的なプロダクトに組み込まれたものはありましたが、多くはプロダクトにならずに消えていきました。
生成系AIに関しても同様で、いろいろできる魔法のツールのように見えるかもしれませんが、商業用プロダクトとして完成するものは限られるだろうと思います。
- 現段階から意味のあるプロダクトが登場するまでどれくらいの時間がかかると思われますか?
上野山氏:そんなに時間はかからないと思います。数年でいろいろなプロダクトが出てくるのではないでしょうか。たとえばすでにChatGPTが広がっていますよね。今後、あのようなインパクトのプロダクトが新たに出てくると思います。
- ChatGPT以外に想定される新たなプロダクトにはどのようなものがありますか?
上野山氏:Copilot(コパイロット)系と呼ばれているもの。飛行機の最高責任者である機長の補佐をする副操縦士のように、人間の知的生産を画期的に向上させるプロダクトが今後続々と出てくるだろうと考えています。ホワイトカラーの並走者みたいなプロダクトです。
求められる 「活用する力」
- AIを巡る議論のひとつにAIは人間の仕事を奪うのか、それともサポートするのかといったものがあります。上野山さんはどのようにお考えですか?
上野山氏 : サポートするケースはありますが、消えていく職種も当然あると思います。たとえば翻訳や質の悪い執筆などはなくなっていくでしょう。
とはいえ、コンテンツ制作がなくなるわけではありません。かつて、質の高いクリエイターがPhotoshopやIllustratorを使ってクリエイティビティを爆発させたのと同様なことが起こると思います。新しいコンテンツの作り方や、AIファーストのプロセスでさまざまなコンテンツが作られるようになり、クリエイターが活躍する時代になると考えています。
- 今後、AIがより企業活動やビジネスで活用されていく中で、社会に求められる新たな職種やスキルといったものも出てくるのでしょうか?
上野山氏:AIを使う力が求められてきますよね。これはGoogleを使えるかどうか、というのに似ています。現在でもGoogleを使っている人と使っていない人とで分かれていますよね。使っている人は活用することですでに人生を変えています。AIも同様だと思います。
最近、Google登場前には考えられない知識を身に着けた若者が数多く現れています。正しく検索して独力で知識を身につけて成長しているわけです。彼らはAIに知能を拡張された新人類と言っていいでしょう。AIに関しても同じです。やる気のある人をエンパワーするツールなんですね。
- 正しく活用できる人とできない人とが二極化しているということでしょうか?
上野山氏:二極化というよりも、思いとモチベーションと努力があればどこまでもいけるようになっていますよね。「知の高速道路」という言葉がありますが、その状況がさらに進んだ印象です。
- 現状を正しく認識している人としていない人、もしくは正しく認識している企業としていない企業とでは、日に日に差が出ていく状況ですね。
上野山氏:もうすでに差は開いているのではないでしょうか。情報を扱う企業では、デジタルテクノロジーを使っている企業と使っていない企業とではすでに収益に差が出始めていますよね。
古いルールと新しいテクノロジーの相克
- AI分野では、最近どのような議論がなされているのですか?
上野山氏:最近は「Human Ai Teaming(ヒューマン・AI・チーミング)」という分野があります。AIが得意なことと人間が得意なことにはどのようなものがあるのかという議論です。たとえば人間が不得意でAIが得意なことがあります。AIも人間も得意なものはコラボレーションができます。コパイロット系ですね。さらにAIが不得意で人間が得意なことがあります。細々とした手作業などは人間のほうが得意ですよね。
このような、人間とAIとをコラボレーションさせて、正しくオペレーションデザインしていくにはどうするかといったことが議論されています。
- AIが個人や企業の生産性を向上させていくということは多くのビジネスパーソンの共通認識になっていると思います。しかし、企業が導入するにあたっての障壁や障害も多く存在する状況でもあります。このような状況をどのようにお考えですか?
上野山氏:そもそもAI以前に社内コミュニケーションツールを入れるのに1年かかるといった企業も珍しくないですよね。そういう状況が「壁」になっているという認識です。
- そのような壁を取り除くために必要な手段はなにがありますか?
上野山氏 : 経営陣が理解してあげるしかないですよね。デジタルテクノロジーのリテラシーを上げる、自分で使ってみる。導入に際して基本的には情報システム部門のルールでやってしまうんですよね。しかし、このルールは以前の常識で作られた古いルールなんです。でも時代は変わっているわけです。古い情報システムのルールに則って進めてしまうと、たとえばチャットはクラウドで制御されています。クラウド上に情報を投げる際に、社員は個人情報を入れるかもしれません。ならば使わせるわけにはいきませんで議論が終わってしまう企業の話をよく聞きます。
ならばと、クラウドに個人情報を入れてはならないというルールを敷くのですが、たとえば1万人の社員がいたら誰か入れる人も出てしまいますよね。リスクをゼロにしようとしたらなんにもできないんです。
- 大企業がソフトウェアやAIといった新たなテクノロジーを導入するのに慎重にならざるを得ないのは、リスクとメリットを天秤にかけて考えるからということでしょうか。
上野山氏:基本的にはそうだと思います。テクノロジーの導入・活用の考え方に関しては、ベンチャーや中小企業から変わってきていますよね。人材不足で困っているので、積極的に使わなければ会社が回らない。だからテクノロジーの導入に関してはSMB(Small and Medium Business)のほうが圧倒的にポジティブなんですよ。
大企業の場合は社会の流れに合わせるが、セキュリティに関するルールが厳しいので本質的な活用ができているところは極一握りという印象です。
AIが変える社会の「未来」
- AIの未来について、上野山さんはどのようにお考えですか?
上野山氏 : 抽象的な話をするとAIは法律や人事制度に非常に似ているんです。どちらも広い意味でのシステムなんですね。リーガルシステム、社会ルール、社内の人事制度。すべてシステムがあるわけですけど、これは静的な固いシステムで構築されています。法律もソフトウェアではありませんが、法律文書として実装されている、言い換えればコーディングされているわけです。
だんだんこれらが固いコンクリート状のものではなく柔らかくなり、ユーザーが使うことで状況に応じて内部のパラメーターが変わる仕組みになっていくんですよ。なので未来の会社、未来の人事制度はAIと近い部分があると思うんですね。
たとえば道路交通法では、「高速道路を何キロ以上で走ったらダメ」と固いルールが定められています。でも高速道路が前も後ろもガラ空きだったらそれを超えてしまうケースもあるかもしれない。なぜなら速く移動したいからです。
未来の社会では、道路上にセンサーが付いていて、ガラ空きで安全なら法律文書の80キロ以上が100キロに書き換わる、といったように状況によってシステムが変わることになるでしょう。
その上で見てみると、AIが人間を支配するのではないかといった議論もあるのですが、よく考えてみると、我々はすでに固いコンクリートのようなルールに一部支配されているんです。その一方的なシステムを、当社ではAIと人が相互に作用してよりよい社会を目指す共進化型のシステムに変えていこうとさまざまな活動を進めています。
(次号へ続きます)
Profile
上野山 勝也 氏
未来のソフトウエアの研究開発と社会実装をライフワークとし、人と共進化/対話をする多様なAIアシスタントを創業以来累計約2600社に導入。 ボストン コンサルティング グループ、グリー・インターナショナルを経て、東京大学松尾研究室にて博士(機械学習)取得後、2012年PKSHATechnologyを創業。 内閣官房デジタル市場競争会議構成員、経済産業省AI原則の実践の在り方に関する検討会委員等に従事し、社会におけるAI/ソフトウエアの在り方を検討。
株式会社 PKSHA Technology
「未来のソフトウェアを形にする」をミッションに、「人とソフトウェアの共進化」をビジョンとし、自然言語処理、画像認識、機械学習・深層学習技術を用いたアルゴリズムソリューションを各種ハードウエア端末(サーバ、スマートフォン、医療機器、各種IoT機器)向けに開発ご提供。