郵政民営化を旗印に当時の首相、小泉純一郎氏は衆議院の解散総選挙に打って出る。しかし、かつて郵政大臣を務めていた野田氏には、小泉氏が語る民営化の正義にまやかしがあることをが分かっていたーー。
当時、未曾有の国民的な人気を誇っていた小泉氏の構想に真っ向から逆らう形となった野田氏には、全国から非難の声が寄せられることになる。
当時、なにを思っていたのか。なぜ反対の信念を貫いたのか。その想いを語る。
取材・文/山口和史 Kazushi Yamaguchi 取材協力/上野友香 Yuka Ueno
写真/西田周平 Shuhei Nishida
今も昔も、一番頼りにしているのは統計・データ
- 大きな苦難は2005年に訪れる。当時の首相、小泉純一郎氏は人気の絶頂にあった。その人気を背景に郵政民営化を推し進め、「民意を測る」と衆議院の解散に踏み切った。
野田 聖子氏(以下 野田氏):郵政民営化に賛成した人は中身を知らないの。小泉さんを男にしようとやっているから、適当なことばかり言うんです。そういうのが耐えられなかったんですよね。
- 野田氏は小渕恵三内閣のもと、郵政大臣を務めていた。その経験から、賛成派の主張には無理があると分かっていた。
野田氏:今も昔も、私が一番頼りにしているのは統計・データなんです。賛成派は、郵便局員が当時20万人強いて、民営化するとその人たちに使われていた人件費が福祉や教育や地域に回るとみんな言っていたんですよね。
だけどそれは真っ赤なウソで、郵便局は国営だったけれども黒字化していて、人件費はその利ざやで賄っていた。そういうことを知っているから逆に情けなくなってしまって。
- 当初、議員の多くが反対していた。しかし、ある日を境に潮目が一気に変わる。
野田氏:みんなも声高に反対だと言ってくれているから『ああ』と思っていたら、一夜にして賛成に回っていたんです(笑)。気がついたら反対していたのは私を入れて30人くらい。ほぼ全員が反対と言っていたのに不思議ですよね。
- 最終的に反対派の女性議員は野田氏ひとり。全国から猛批判を浴びることになる。
野田氏:全国からの批判でFAXが壊れちゃったもん。死ねとか逆らうなとか。女性からの批判も多かったんですよね。『私の純様に逆らうとはなんて生意気な女なの?』みたいなね(笑)。ただ、こういう人たちは真実をなにも知らされていないから気の毒だなと思いました。
- それでも、野田氏自身は「苦しくはなかった」と振り返る。
野田氏:苦労って自分を偽ったときに一番辛いんですよ。人間はメンタルが一番弱いじゃない?心が痛むのが一番ダメージなんです。私はあのときは100%自分に正直に戦ったので辛くはありませんでした。辛かったのは、秘書や支援者が誹謗中傷にさらされたことでしたね。それを見るのは本当に辛かった。
- 郵政選挙と呼ばれた第44回衆議院議員総選挙では、野田氏の選挙区に自民党から「刺客」が送り込まれるも大差で勝利している。
現代女性議員の先駆けが 「生理がある人」の代弁者に
- 現在、女性の社会進出は当たり前になった。しかし、野田氏が政界入りした80年代後半から90年代にかけては、いまとは比べ物にならないほど女性が社会で働くハードルは高かった。究極の男社会とも言える政界ならなおさらだ。
野田氏:応援してくれている人からも、してくれない人からも共通して言われたのは『政治は男の仕事だ』ということ。女が政治をやりたいのであれば、全部諦めろと言われました。当時は男のほうが立派なんですね、いまもそういうところがありますけど(笑)。
男の世界に入るペナルティとして、プライベートは捨てて一生独身でいるのは当然だという物言いでした。私よりも前の世代だと市川房枝さん、土井たか子さんがお手本になっていて、結婚もしない、子どもも作らない、政治と結婚しましたというのが女性政治家のあるべき姿と言われました。
- 扱いとしては「小さなお兄ちゃんみたいな感じでしたよ」と、当時を振り返って語る。
野田氏:男の国会議員が9〜17時で働くものだとしたら、お前は7〜24時まで働け、それでイーブンだと言われました。悔しいからやりましたよ。
夜なんて、遅くまで働くというのは酒の強さのことですから。今は違うけれども、当時は酒の強さでしかおじさんたちにマウントできなかったの。酒が強いと尊敬されたんです。いまはお酒を飲めない男性の議員はいっぱいいますけどね。私はお酒が強かったから、たくさん飲みましたね。いまでは無理ですけど、単純にそう仕込まれていたんです。
- 野田氏が政界入りして30年、日本の女性を取り巻く状況は一変した。
共稼ぎは当たり前、現在の課題は仕事と家事・育児をいかに両立させるか、いかに出産・育児をしやすい社会を作っていくかに関心は移っている。
与党の女性議員の重鎮のひとりとなった野田氏も、日本の女性に向けて社会変革を進めていこうとしている。
野田氏:男性議員を揶揄するつもりはありませんが、国会議員の9割が『生理のない人』なんですよね。日本には『生理のある人』が半分以上いるのに、それでは社会の課題や問題なんて分かりませんよ。
私は女性として生きてきて、いまでは『生理のない女』になりました。生理があったときとない今とで、仕事ぶりがいかに違うかというのを当事者として、実体験として分かるんです。圧倒的に生理が無いほうが楽だという結論が出たので、いまある女性たちを支えないとと思ったんです。これは男の人には分からない世界だから。
- 一般的に、1ヶ月のうち1週間前後、女性は生理期間が訪れる。その間、ホルモンバランスの乱れから個人差はあるものの体調が変化してしまう。
社会的な男尊女卑の風潮はかつてよりも薄れていたとしても、生理期間中の体調不良が及ぼす男女の格差はいままでもこれからもなくならない。
野田氏:男の人のアドバンテージは社会的なことだけではなくて身体的にも生理が1週間あるのとないのとでは全然違うんですよね。
でも女性からはなかなか言いにくいじゃないですか。なので、私は男性と女性の架け橋として活動しているんです。次の世代を担う若い女性たちが、女性として社会に出るというよりも、その人個人として生きられるような環境を作っていきたいなって。
女だからでもないんです。属性は自由で女でもいいし、生理がある人でもいいし、子どもを産みたい人・産む人でもいいし、逆に産まない人でもいいし。これらは男の中にはないキャラですから。そういったことを受容する風潮がないから少子化になるんだと思っています。
Profile
野田 聖子 氏
1960年福岡県北九州市出身。大卒後、帝国ホテルで勤務。1987年に岐阜県議会議員選挙に立候補。当時史上最年少の26歳で当選する。1993年の衆議院議員総選挙で当選、以後、当選10回を重ねる。1996年に第2次橋本内閣で郵政政務次官、1998年には小渕内閣で当時最年少の37歳で郵政大臣に抜擢される。以後、内閣府特命担当大臣、総務大臣など重職を歴任。現在は自由民主党情報通信戦略調査会長を務める。夫と長男との3人家族。