従業員の退職にあたっては、さまざまな手続きが発生します。
社会保険に加入している従業員が退職する場合、会社側ではどのような手続きが必要となるのでしょうか?
また、退職にあたり、従業員に対してどのような書類を交付する必要があるのでしょうか?
今回は、社会保険に加入している従業員の退職手続きについて、社会保険労務士がくわしく解説します。
目次
社会保険に加入している従業員の主な退職手続きの流れ
社会保険に加入している従業員が退職することとなった場合、退職手続きはどのように進めればよいのでしょうか?
まずは、退職手続きの主な流れの全体像を解説します。
- 退職届を受理する
- 退職へ向けて必要な確認をする
- 必要な物品・書類の回収と引き渡しをする
退職届を受理する
はじめに、従業員からの退職届を受理します。
なお、民法では「雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」と定められています(民法627条1項)。
そのため、一般的な正社員など雇用の期間を定めずに無期で雇用している従業員である場合、従業員が退職を申し出てから2週間が経過すると、原則として雇用契約が終了することとなります。
とはいえ、業務の引き継ぎなどに期間を要することから、「退職する場合は1か月以上前までに申し出ること」などと就業規則に定めているケースも少なくないでしょう。
このような就業規則の規定が直ちに無効となるわけではないものの、あくまでも会社からの「お願い」であり、法的拘束力まではありません。
そのため、退職する従業員が民法の規定を根拠として申し出から2週間後の退職を希望する場合、会社としてはこれを受け入れるほかないでしょう。
また、退職が自己都合であるか会社都合であるかによって、解雇予告手当支給の有無や従業員の失業給付などが異なります。
後のトラブルを避けるため、退職理由を確認して署名を取り付けておくことをおすすめします。
従業員の退職についてお困りの際は、早期に社会保険労務士(社労士)へご相談ください。
退職へ向けて必要な確認をする
次に、退職へ向けて必要な確認を行います。
主な確認事項は次の2点です。
- 有給休暇の消化状況
- 勤怠状況
有給休暇の消化状況
1つ目は、有給休暇の消化状況です。
退職時に限り、就業規則に定めることで、会社が有給休暇を買い取ることができます。
有給休暇が残っている場合は、有給休暇を消化してから退職するのか、会社が有給休暇を買い取るのかなど、退職する従業員と取り決めておきましょう。
勤怠状況
2つ目は、勤怠状況です。
会社が把握している勤怠状況に漏れがある場合、退職後に未払い残業代などの請求がされる可能性があります。
そのため、会社が把握している勤怠状況と実際の勤怠状況とにズレがないことを確認しておくとよいでしょう。
必要な物品・書類の回収と引き渡しをする
退職時には、従業員から回収すべき書類や物品のほか、会社から従業員に引き渡すべき書類などが多く発生します。
それぞれ、必要なタイミングで回収や引き渡しを行いましょう。
回収すべきものなどは会社によって異なることがあるため、あらかじめリストを作成しておくとスムーズです。
退職にあたって引き渡しや回収が必要となる具体的な物品や書類については、次でくわしく解説します。
退職前に従業員から回収すべき書類等
退職する従業員からは、退職前にさまざまな物品や書類を回収しなければなりません。
ここでは、主に回収すべき物品や書類を解説します。
- 健康保険証
- 業務に関するデータ・書類等
- 名刺
- セキュリティカード・社員証
- その他会社からの貸与品
健康保険証
1つ目は、健康保険証です。
社会保険に加入していた従業員は、原則として勤務先である自社の名称が入った健康保険証を保有しています。
退職すると退職日の翌日に社会保険の加入者資格を喪失するため、会社から年金事務所に「社会保険の資格喪失届」を出さなければなりません。
この資格喪失届には、保険証を添付することが求められます。
そのため、退職の前に保険証を回収しておきましょう。
また、保険証の他に次の証明書などが交付されている場合は、これらも回収してください。
- 高齢受給者証
- 健康保険特定疾病療養受給者証
- 健康保険限度額適用・標準負担額減額認定証
とはいえ、保険証は通院時などに使用するため、あまり早いうちに回収をすると不都合が生じます。
そのため、退職日に回収するか、退職日に郵送してもらうなどの対応をとるとよいでしょう。
なお、従業員が保険証を紛失したなどして提出できない場合は、「社会保険の資格喪失届」と併せて「健康保険被保険者証回収不能届」を提出することとなります。
業務に関するデータ・書類等
退職する従業員が自身だけにアクセス権のある業務データを有している場合や、業務に関連する書類を有している場合は、退職前にこれらを漏れなく回収しておきましょう。
退職してからその従業員が管理していたデータが開けなかったり書類が見つからなかったりすると、業務に支障が生じるおそれがあります。
特に、退職する従業員が重要なデータや書類を取り扱っていた場合、持ち出しや毀損などがないことを十分確認しておいてください。
また、会社の指示で作成した書類やデザインであるにもかかわらず、従業員が「自分が作ったものなので、今後も自由に使える」と誤解している可能性もあります。
後日のトラブルを避けるため、知的財産の所在についても改めて確認し、退職前に念を押しておくことをおすすめします。
名刺
退職する従業員が自社名の入った名刺を有していた場合、最終出勤日に名刺を回収しておきましょう。
名刺を回収せず、退職した従業員が万が一その名刺を悪用して詐欺をはたらくなどすれば、トラブルに巻き込まれるおそれがあるためです。
会社の業務内容などによっては、退職する従業員が取引先から受け取った名刺を回収する場合もあります。
セキュリティカード・社員証
従業員にセキュリティカードや社員証を貸与している場合は、最終出勤日に回収してください。
退職した従業員が自由に会社に出入りできる事態は、トラブル発生の原因となり得ます。
その他会社からの貸与品
その他、会社から貸与している物品があれば、最終出勤日に漏れなく回収しておきましょう。
貸与している物品は会社やその従業員が担っていた業務内容によってさまざまですが、たとえば次のものなどが挙げられます。
- パソコン
- 携帯電話、タブレット
- 制服
- ロッカーのカギ
- 社章
- 事務用品
日ごろから従業員ごとに貸与品のリストを作っておくと、回収がスムーズとなるでしょう。
退職手続きで従業員に記載してもらうべき書類
退職手続きでは、従業員に書いてもらうべき書類もあります。
ここでは、主な書類を2つ紹介します。
- 秘密保持契約書
- 退職所得の受給に関する申告書
秘密保持契約書
1つ目は、秘密保持契約書です。
秘密保持については、就業規則や雇用契約書などで定めている企業が多いでしょう。
しかし、就業規則などの内容を熟知していない従業員は多いうえ、退職する際には内容を忘れている可能性も低くありません。
そこで、退職時には改めて秘密保持の誓約書を取り付けておくことをおすすめします。
業種によっては、秘密保持契約書と併せて、一定期間競合他社への勤務や独立を制限する誓約書も取り付けるとよいでしょう。
これらの誓約書を交わすことでトラブルの抑止となるほか、万が一トラブルが生じた際にも会社側に有利な解決を図りやすくなります。
退職所得の受給に関する申告書
2つ目は、「退職所得の受給に関する申告書」です。
従業員に退職金を支給する場合、退職する従業員本人が記入した「退職所得の受給に関する申告書」を会社が保管しなければなりません。
通常は税務署へ提出する必要はないものの、税務署長から提出を求められた場合は、会社が税務署に提出することとなります。
この申告書は、退職手当を支給するまでに会社に提出してもらうべきものです。
ただし、手続きの流れを考慮すると、退職日までには提出してもらうとよいでしょう。
退職手続きで従業員に引き渡すべき書類等
退職手続きでは、会社から従業員に引き渡すべき書類もあります。
ここでは、従業員に引き渡すべき主な書類と物品を3つ紹介します。
- 年金手帳
- 雇用保険被保険者証
- 退職証明書
年金手帳
従業員の年金手帳を会社が預かっている場合は、退職日までにすみやかに返却してください。
年金手帳は廃止されており、2022年4月1日以降は再発行もできません。
転職先でも使う非常に大切なものであるため、手渡しの場合は受領書にサインともらうとよいでしょう。
やむを得ず郵送で返却する場合は、書留など記録の残る方法での郵送をおすすめします。
雇用保険被保険者証
雇用保険の被保険者証は、雇用保険の資格を取得した時点で従業員に交付することが原則です。
会社が保管している場合は、退職日までに返却しておきましょう。
雇用保険被保険者証は、退職した従業員が失業保険の受給手続きなどをする際に必要となります。
退職証明書
従業員から退職証明書の交付を求められた場合には、退職証明書を交付しなければなりません(労基法22条1項)。
退職証明書に決まった様式はないものの、記載すべき内容は次のうち退職した従業員が記載を希望した事項です。
- 使用期間
- 業務の種類
- その事業における地位
- 賃金
- 退職の事由(退職の事由が解雇の場合は、その理由を含む)
ただし、退職証明書には、退職した従業員が請求しない事項を記入してはならないとされています(同3項)。
また、労働者の就業を妨げることを目的として国籍や信条、社会的身分などを記したり、秘密の記号を書いたりしてはいけません(同4項)。
社会保険に関する退職手続き
退職した従業員について、社会保険に関する手続きはどのようなものが必要となるのでしょうか?
ここでは、主な手続きを2つ解説します。
- 社会保険(健康保険・厚生年金保険)の手続き
- 雇用保険の手続き
社会保険(健康保険・厚生年金保険)の手続き
社会保険の加入者が退職した場合、退職から5日以内に、年金事務所に「社会保険の資格喪失届」を提出しなければなりません。
資格喪失届には、退職した従業員から回収した健康保険証などの添付が必要です。
なお、社会保険の資格喪失日は退職日ではなく、退職の翌日となります。
雇用保険の手続き
退職した従業員が雇用保険の被保険者であった場合、「雇用保険被保険者資格喪失届」と「雇用保険被保険者離職証明書」をハローワークに提出しなければなりません。
手続き期限は、被保険者資格の喪失日の翌日から10日以内です。
被保険者資格の喪失日は退職日の翌日にあたるため、手続き期限は「退職の翌々日から10日以内」となります。
この手続きをすることで、ハローワークから「離職票」が発行されます。
退職後に本人に渡す主な書類
退職した本人に渡すべき書類の中には、手続きの流れの都合上、退職日までには交付ができないものもあります。
これらは、退職後に郵送などで本人に渡すこととなります。
ここでは、退職後に交付すべき主な書類を3つ解説します。
- 離職票-1、-2
- 源泉徴収票(給与・賞与・退職金)
- 健康保険被保険者資格喪失確認通知書
離職票-1、-2
先ほど解説したように、退職後にハローワークに「雇用保険被保険者資格喪失届」などを提出すると、会社に対して離職票が交付されます。
交付された「離職票-1」と「離職票-2」を、退職した本人に渡してください。
これらの書類は、本人が失業保険などの給付を受ける際に必要となります。
源泉徴収票(給与・賞与・退職金)
源泉徴収票は毎年12月頃、年末調整後に従業員へ交付していると思います。
退職した従業員については、年末に交付するのではなく、退職日から1か月以内に交付しなければなりません。
退職金を支給した場合、給与や賞与の源泉徴収票に加え、退職金に係る源泉徴収票の交付も必要です。
健康保険被保険者資格喪失確認通知書
社会保険の資格喪失届が完了すると、会社に対して「健康保険被保険者資格喪失確認通知書」が送付されます。
この書類は退職した本人が社会保険を切り替える際に必要となるため、本人に交付してください。
退職時の手続きで特に注意が必要なケース
最後に、退職時の手続きで特に注意すべきケースを2つ紹介します。
従業員の退職では、さまざまなイレギュラーな手続きが発生することがあります。
退職手続きでお困りの際は、社労士までご相談ください。
社内融資を利用していた場合
退職する従業員が社内融資を利用していた場合、社内融資規程を確認しましょう。
社内融資規程は、退職時の一括返済を求める内容となっていることがほとんどです。
規程の内容や融資残額などを退職する従業員に伝え、返済を求めましょう。
中には、退職金を返済に充当できる旨が定められていることもあります。
財形貯蓄を利用していた場合
退職する従業員が財形貯蓄制度を利用している場合、転職先で財形貯蓄を継続する場合と、財形貯蓄をやめる場合があります。
いずれであっても、退職後半年以内に、財形貯蓄を取り扱う金融機関に対して「退職等の通知書」を提出しましょう。
退職後2年以内に退職した従業員が継続の手続きをすることで、転職先で積立てを継続できます。
まとめ
社会保険に加入している従業員が退職する際に必要となる主な手続きについて解説しました。
従業員の退職時にはさまざまな手続きが必要となるほか、回収すべき書類や交付すべき書類なども多く発生します。
手続きに漏れや遅れが生じないよう、あらかじめリスト化するなどしておくとスムーズでしょう。
従業員数が多い場合や、自社で行う場合の手続きの漏れが不安な場合は、社労士へご依頼ください。
Authense 社会保険労務士法人では、退職時の手続きなど社会保険に関する手続きの代行を行っています。
従業員退職時における社会保険関係の手続きを任せたい場合のほか、就業規則や退職金規程など社内規程の作成についてのサポートをご希望の場合などには、Authense 社会保険労務士法人までお気軽にご相談ください。
監修者
東京都社会保険労務士会所属。成蹊大学文学部英米文学科卒業。 創業間もないベンチャー企業だったAuthense法律事務所と弁護士ドットコムの管理部門の構築を牽引。その後、Authense社会保険労務士法人を設立し代表に就任。企業人事としての長年の経験と社会保険労務士としての知見を強みとする。
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