Authense社労士法人コラム
公開 2024.08.16

「出張中は残業代が出ない」は本当か?移動時間は労働時間に含まれる?社労士が解説

「出張先で仕事を終えて帰宅したら深夜でした。残業代は出ないと言われました。出張で遅くなったのに納得できません。出張の移動時間は労働時間にならないのでしょうか?」

筆者は同様の相談を何度も受けてきました。出張中の残業代については経営者からも度々質問されます。

出張には日帰りもありますが、遠方の場合、前日の夜から宿泊して翌日から出張先で仕事をする場合もあります。通常の通勤と違い、出張は移動時間・拘束時間が長くなりがちです。頻繁になると出張の負担は重いものです。

出張時の移動時間は労働時間にならないのか?出張中はなぜ残業代が出ないのか?と疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。

雇用の専門家である社労士の立場から、出張時の移動時間や労働時間の考え方について、法的な視点で考えたいと思います。

そもそも「出張」と「外出」の違いはなにか?

出張時の移動時間や労働時間について考える前に、出張と外出の違いを整理してみましょう。

業務上で少し遠方に外出する場合「これは出張なのか通常の外出なのか、どっちだろう?」と疑問に思ったことはありませんか?特に、出張で日当を支給している会社の場合、出張か外出かは日当の支給有無に関わるため、従業員にとっても大きな違いです。

実は、出張と外出の境目は曖昧で法的根拠はありません。企業は就業規則などで出張規定を定め、出張と外出を区別しています。法的な基準はありませんので、各企業の独自ルールです。

何をもって出張とするかは企業によって定義が異なりますが、下記のような条件を定めていることが一般的です。

  • 宿泊条件:宿泊を伴う
  • 移動距離条件:勤務地や自宅から100kmを超える距離の移動
  • 移動時間条件:勤務地や自宅から目的地までの移動時間が2時間以上かかる

そのほか、新幹線や飛行機など特定の移動手段を出張の条件に加えている企業もあります。

一方、会社の業務を行うために必要に応じて外出することを「社用外出」と言います。例えば、クライアントとの会議や商談のための訪問、銀行の窓口業務、社外イベントへの参加などです。比較的近距離で、宿泊は伴わず、同日中の短時間で済むことが多いです。

出張も社用外出も、会社の業務を行うための外出であることには変わりなく、社用外出のうち出張の条件を満たす外出が出張となります。

まとめると、

  • 出張と外出に法的な境目はない
  • 出張の定義は企業によって違う
  • 社用外出のうち出張の条件を満たす外出が「出張」

となります。

「出張中は残業代が出ない」は本当か?

前述したとおり、出張の定義は企業によって異なります。では、出張時における労働時間と賃金の考え方はどのようになっているのでしょうか。

出張中は会社の外で仕事をしているため、会社は従業員の労働時間を把握することができません。そのため、出張中は「事業外みなし労働時間制」を適用する企業が多くみられます。

この事業外みなし労働時間制は、実際の労働時間にかかわらず、前もって決めた時間だけ労働したものとみなす制度です。出張に限らず、外回りの営業職の方にも導入されている制度です。

「出張中は残業代が出ない」と言われるのは、この事業外みなし労働時間制は残業なしが原則だからです。例えば「1日8時間働いたとみなす」と決められている場合、何時間働いていたとしても8時間働いたことになるため、残業という概念がありません。

反対に出張先で予定が急にキャンセルになり実働時間がほとんどなかったとしても、8時間働いたものとして扱われ、8時間分の給料が支給されます。

出張=事業場外みなし労働時間制=残業代出ないという考え方はとても危険!

素材_ポイント_注意点

事業場外みなし労働時間制は「労働時間の算定が困難であること」が1つの要件になっています。労働時間の算定が困難かどうかについては、会社からの指揮命令が及んでいるかどうかで判断されます。

例えば、下記のようなケースは事業場外みなし労働時間制は適用されず、残業代の支給が必要になります。

  • 何人かで出張や外出をする場合で、メンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合
  • 会社から携帯電話等が支給されていて、会社の指示を受けながら仕事をしている場合
  • あらかじめ訪問先やスケジュールが指示されていて、その指示どおりに業務に従事し業務報告を行っている場合

事業場外みなし労働時間制は、外回りの営業職や出張に何となく導入されることが多い制度ですが、昨今の通信環境の進化や普及を考えると「労働時間の算定が困難」という要件は非常にハードルが高い要件だと言えるのです。

また、事業場外みなし労働時間制が適用できるケースでも、残業代が発生する場合があります。深夜に働いた場合と休日に働いた場合の2つです。

(1)深夜に労働をした場合
深夜(22時~翌朝5時)に労働をした場合は、深夜労働の割増賃金を払う必要があります。

(2)休日労働をした場合
法定休日に労働をした場合は、休日労働の割増賃金を支払う必要があります。

例えば、事業場外みなし労働時間制で「8時間働いたとみなす」とされている場合、休日に4時間働いた場合でも8時間働いたとみなされるため、8時間分の休日労働の割増賃金が発生します。

このように「出張中は残業代がでない」と安易に結論づけてしまうことはとても危険です。

企業は出張時の労働時間の考え方を正しく理解し、事業場外みなし労働時間制の適用については専門家に相談し、法令違反にならないように注意が必要です。

出張時の移動時間は労働時間になるか?

遠方への出張だと、往復の移動時間がかなり長くなります。海外出張だと移動時間に丸一日使うこともあります。従業員からすると「移動時間は仕事に必要不可欠なものだから業務と同じなんじゃないか」「移動時間分の残業代がもらいたい」そんな気持ちになるでしょう。

しかし、出張時の往復の移動時間は労働時間にならないのが原則です。職場への移動時間という点で、通常のオフィスへの通勤時間と同じと考えられるからです。

移動時間は残業代の対象外でもOK

出張のための移動時間が労働時間にあたるかが問題となった判例があるので見てみましょう。

会社が韓国に出張した従業員の残業代の計算にあたって移動時間を労働時間に含まず処理していたことに対して、従業員が「移動時間は労働時間に含まれる」として残業代を請求した横河電機事件です。(東京地方裁判所 平成6年9月27日判決)

この裁判では、以下の2つの理由から、出張時の移動時間は「労働時間にあたらない」と判断されました。

  • 出張時の往復の移動時間は労働者が日常の出勤に費やす時間と同一性質である
  • 移動時間は労働者が「自由に利用できる時間」で労働拘束性が低い

所定労働日の移動時間は「日常の通勤と同じ」だとしても、出張の場合、日常の通勤とは異なり休日に出張先へ移動しなければならない時もあります。移動のみで休日を利用した場合でも労働時間にならないのか疑問に思いますよね。

ただ、移動のみで休日を利用した場合でも移動時間は労働時間になりません。例えば月曜日の朝に出張先で仕事があるため日曜日の夜に出発したとしても、日曜日の移動時間は労働時間にならないのです。

自由に利用できない移動時間は労働時間になる

素材_ポイント

前述のとおり、出張時の往復の移動時間は原則として労働時間になりません。移動時間が日常の通勤と同様に労働者が「自由に利用できる時間」だと考えられているからです。しかし、移動時間でも自由に利用できない場合は労働時間になる場合があります。

例えば次のようなケースです。

  • 仕事の資料作成等をする場合
  • 仕事の打ち合わせをする場合
  • 金品や物品の管理を指示されている場合
  • 会社から指示があればいつでも業務を行うことが指示されている場合

このように、移動時間でも会社から仕事に関する指示や命令を受けて仕事をしている場合は移動時間であっても労働時間とみなされることがあります。

所定労働時間内の移動時間は労働時間になる

往復の移動時間が労働時間ではないとしたら、所定労働時間内の移動はどうなるのでしょうか?その理論が正しいのであれば、就業時間内に移動した時間は給与控除することになってしまいます。

ただ、出張は会社の業務として行っているため、仮に移動の時間が自由に利用できる時間であったとしても、所定労働時間内の移動時間は給与控除出来ないと考えられています。出張は会社の指示で行っているものだから、そのために労働者が給与控除という不利益を被るのはおかしいというのが共通認識なのです。

例えば、往復の移動時間でも、その移動時間が所定労働時間にかかるような移動の場合は、所定労働時間中については労働時間として扱い給与控除は行わないということになります。

労働者は、出張を拒否できる?

長期の出張や頻繁な出張命令は労働者にとって負担が大きいものです。仕事とはいえ、すべての出張命令に従わなければならないのでしょうか。

出張命令は会社からの業務命令ですので、従わなければならないのが原則です。ただ、業務命令とはいえどんな命令でも許されるわけではありません。違法な出張命令や拒否する正当な理由がある場合は、拒否できる場合があります。

例えば次のようなケースです。

拒否できるケース1:業務上の必要性がない出張

例えば、自分の業務に全く関係がない、出張先での具体的な業務が指示されていない、不必要に長期の出張など、業務に必要がない出張命令は違法になる可能性があります。嫌がらせ目的でこういった出張命令を出している場合はパワハラに該当する場合もあります。

拒否できるケース2:「出張しない」ことが契約の条件になっている

雇用契約で「出張しないこと」を約束して入社した場合です。家庭の事情、子育て、病気などで出張が難しい理由はさまざまです。出張しないことが契約の条件になっていたのなら、出張を拒否することは正当な理由にあたります。入社してからのトラブルを避けるためにも出張出来ない事情がある場合は、入社時に会社に理由を説明して合意の上入社しましょう。

拒否できるケース3:育児中の従業員は出張拒否できる場合がある

育児中の出張は従業員にとっても負担が大きいものです。「育児」は出張を拒否できる正当な理由になるのでしょうか?

育児介護休業法第19条に「深夜業の制限」があります。小学校入学前の子供を養育する従業員が請求した場合は、深夜(22時~5時まで)に労働させてはならないという制度です。この制度は一部の従業員を除いて誰でも申請することができる制度です。

宿泊を伴う出張は深夜の就業となるため、会社はこの「深夜業の制限」を申し出ている従業員には宿泊を伴う出張をさせることができないとされています。

このように、出張を拒否できるケースはいくつかありますが、多くの場合、業務上の必要性がある出張は拒否することが難しいのが現実です。やむを得ない状況が発生して出張が出来ない場合には、会社に事情を伝えて調整を相談してみてはいかがでしょうか。

まとめ

今回解説した出張中の移動時間や残業時間の問題はよく相談を受ける内容です。

出張中は、移動時間も長く残業時間、休日労働と様々な時間があり疑問が生じがちです。ただ、出張であっても会社の仕事という意味では同じです。どの時間が労働時間となるかを考えるにあたっては、「会社の指揮命令下にあるかどうか」がポイントになります。その時間が会社の指揮命令下にあるかどうかを考え、会社の指示で仕事をしている時間は労働時間とみなし適切に処理するようにしましょう。

また、インターネット環境が普及した現在では、出張中だからと言って「労働時間の算定が困難」と言える状況は極めて稀になりつつあります。携帯電話1つあれば移動時間中でも会社の指示を受けて仕事ができる時代です。今後は移動中の時間でも労働時間と判断される事例は増えていくでしょう。

出張中の労働時間や賃金の考え方が今のままで良いか、今一度検討してみることが必要ではないでしょうか。

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