「若い社員を「ちゃん付け」で呼ぶのはセクハラになりますか?」
先日、こんな相談を受けました。
職場で部下のことをちゃん付けで呼んでいたら「その呼び方はセクハラでは?」と指摘されて心配になったとのこと。セクハラのつもりは全くないのに、どうしたらいいのか困っているということでした。
部下との距離を縮めようとして、あえて「ちゃん付け」をする上司もいるかもしれません。ただ、職場での「呼び名」に不快感を覚えているのに言い出せない部下も多く呼び名に関する相談は意外と多いのです。職場での呼び名はセクハラの認識に世代間のギャップがあります。
雇用の専門家である社労士の立場から、セクハラの定義や種類、「ちゃん付け」はセクハラになるのか、そして職場での「呼び名」について解説したいと思います。
目次
「セクハラ(セクシュアルハラスメント)」とはなにか?
セクシュアルハラスメント、略してセクハラは職場で発生する性的な発言や性的な嫌がらせの事です。
以下の要件を満たすものは、職場におけるセクハラといえます。
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●職場におけるセクハラの4つの要件
- ①職場で行われること
- ②相手の意に反していること
- ③性的な言動であること
- ④就労環境が害されること
セクハラの2分類
職場でのセクハラは、以下の2つに分類されます。
対価型セクハラ
意に反する性的な言動に対して労働者が拒否や抵抗をしたことを理由に、降格や解雇などの不利益を与えることです。対価型は昔からある典型的なセクハラのパターンです。
環境型セクハラ
意に反する性的な言動によって、労働者にとって就業環境が不快なものとなり、仕事をする上で支障があったり能力の発揮に悪影響が生じる状況です。
具体的には職場に性的なポスターがある、性的な会話が飛び交うなどです。
環境型は加害者側に自覚がない場合も多く、周囲が我慢している事に気づかずエスカレートする場合もあります。
セクハラが起きる理由は無自覚にある。
セクハラは良くないと多くの人が分かっています。今さら異論を挟む人はいません。ただ、それでもセクハラが起きる理由はセクハラだと気づいていない、つまり無自覚であることが大きな原因です。
例えば「美人だね」「かわいいね」と誉め言葉のつもりでも、不快に受け止められる場合もあります。
職場におけるセクハラの判断は、受け手がどう感じているかが重視されます。加害者にセクハラの認識はなくても、受け手がそれをセクハラだと感じた場合、受け手の感じ方を否定することはできません。
つまり「どこからがセクハラなのか?」という線引きは非常に難しいのです。それじゃあコミュニケーションが取れないと嘆くのではなく、まずはセクハラと疑われそうな行為はしない、つまりは余計な言動をしないことが大切です。その理由は線引きが難しいから、と説明した通りです。
職場で「ちゃん付け」はセクハラになる?
前述したとおり、職場でのセクハラは労働者の意に反する性的な言動によって、労働者を不快な状態に追い込むことです。
では、相手を「ちゃん付け」で呼ぶのはセクハラになるのでしょうか?
ちゃん付けで呼ばれることに対して、下記のように人によってとらえ方が違うため、セクハラになる場合とならない場合があります。
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「ちゃん付け」を不快だと感じる例
- 見下されている、子供扱いされているように感じる
- 恋愛対象にされているように感じる
- 気持ち悪い、慣れ慣れしいと感じる
- 自分だけ「ちゃん付け」されるのは嫌だと感じる
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「ちゃん付け」を嬉しいと感じる例
- 距離が近く感じる
- 信頼されていると感じる
- 友好的で親しみを感じる
ちゃん付けを不快だと感じる人は、距離感を急に詰められたと感じる「性的」な意味での不快感だけでなく、見下されている、一人前と見ていないという印象も持っています。また、特定の人だけがちゃん付けで呼ばれているのを聞くのが不快だと感じる人もいます。
ちゃん付けに好意的な人は、距離感の近さから感じる親近感や信頼感などを感じています。
このように、人によってとらえ方が違うのでセクハラになる時とならない時があるということです。
「ちゃん付け」で呼ぶ側の勘違い
反対に「ちゃん付け」で呼ぶ側は「ちゃん付けで呼ばれて嫌な人はいないだろう」と思っている場合が実は多いのです。
「ちゃん付けを嫌がる人なんているの?」「ちゃん付け呼ばれて嫌がられるような関係性はだめだよね」などと思っています。
実際、部下へのセクハラで注意を受けた上司が「そんな風に思っているとは全く分からなかった」と相手が不快に感じている事を認識してないことがよくあります。
昔は職場で「○○ちゃん、お茶いれてちょうだい」といった会話が普通に行われていました。ただ、昔の認識を引きずったまま○○ちゃんと呼ぶのはとても危険です。
ちゃん付けに不快感を感じる場合に問題となるのは、相手が上司で嫌だと言えない情況です。雰囲気を壊しそうで言い出しづらいと思っている人は意外に多いという説明になります。これは職場の力関係が影響するパワハラの要素もあると言えます。
相手がちゃん付けで呼ばれることを嫌だと感じていても言えないことがあると知っておく必要があります。
名前の呼び方は相手との距離感に比例します。普段の接し方や人間関係によっても受け取り方は変わってきます。
「ちゃん付け」自体がただちにセクハラになるわけではありませんが、呼び名はハラスメントの入り口になり得ます。「昔は誰もそんなこと言わなかったのに」「そんなつもりは無い」は通用しない時代です。たかがちゃん付けではなく十分に注意してください。
他にもある危ない呼び名
「ちゃん付け」以外にも危ない呼び名はたくさんあります。
お前
一番良くない呼び方です。
上下関係を見せるために「お前」を使っている人も多いです。反対に親しみを込めて「お前」と呼ぶケースもあります。ただ、呼ばれる側は「見下されている」とネガティブなイメージを持つことが多い呼び名です。
呼び捨て
年下の社員のことを呼び捨てにする職場はまだ多いです。
「お前」と同様に見下されている、なめられているとネガティブなイメージがある呼び方です。また、異性を下の名前で呼び捨てにするのは、呼ばれた本人も周りの人からも嫌悪感を抱かれる可能性が高いです。
うちの「女の子」
職場の女性社員を「女の子」と呼ぶ光景、今だに見かけませんか?
「女の子って、かわいいイメージだし」「若く見られているからその方が嬉しいでしょう」と、これも呼んでいる側は全く気にしていないことが多いのですが、不快に感じている女性も多いのが「女の子」呼びです。
「くん付け」
上司が部下の男性を呼ぶ時によく使われます。年上の上司から「くん付け」で呼ばれることは違和感がないという人も多いですが、反対に「下に見られている」と不愉快に感じる人もいます。ちなみに国会で議員を「○○君」と呼ぶのは、ルールとして決まっているからです。国会では「君」が敬称です。
あだ名
あだ名で呼ぶことで相手との距離が縮まり、話がしやすくなるという理由からあだ名で呼び合う職場はありますよね。ただ、相手の価値をおとしめるようなあだ名はだめです。あだ名は相手を傷つける可能性があるとても繊細なものです。あだ名をつける時はくれぐれも気をつけましょう。
相手の気持を勝手に判断しないことが大切
呼び方は一概に何が正しいとは言い切れない面があります。
ベンチャー企業や自由な社風の会社ではニックネームで呼び合うこともあるでしょう。「さん付け」や役職で呼ぶ文化が根付いている企業もあります。
呼び方はコミュニケーションを図るうえで重要なツールですが、「自分が大丈夫だから相手も大丈夫だろう」と勝手に判断せず無意識の偏見が隠れてないか考えることも大切です。
「ちゃん付け」が嫌な場合の対処法
ちゃん付けされたくないと思った時にはどうやって断るといいのでしょうか。ちゃん付けをやめてもらう方法をご紹介します。
「○○と呼んでください」と提案する
ちゃん付けで呼ばれたくない場合は、呼び方を自ら提案する方法がおすすめです。早い段階で希望を伝えると相手も受け入れやすくなります。
「ちゃん付けをやめて欲しい」とはっきり伝える
ちゃん付けで呼ばれることが苦手であることをきちんと伝えます。仕事に集中できないなど、仕事に支障が出ている事を伝えると受け入れてもらいやすくなります。呼んでいる側も悪気がない場合が多いので、苦手だということを伝えれば直してくれるでしょう。
人事部や社内の相談窓口などに相談する
どうしても直接伝えるのが難しい場合は、人事部など第三者に伝えて対応してもらいましょう。状況をみてまわりの人に助けを求めることも大切です。
実は、ほとんどの人は悪気があってちゃん付けをしているわけではありません。職場の雰囲気を良くしたい、相手との距離感を縮めたい、仕事を円滑に進めたいなどの理由からちゃん付けを利用しているのです。
相手が不快に感じていると分かれば止めてくれることがほとんどですので、我慢せずに気持ちを伝えてみましょう。
参考:小学校であだ名が禁止の理由
呼び方程度でそんな大袈裟な、と思った人も多いかもしれませんが、小学校では現在、あだ名や呼び捨てが禁止の学校も増えています。
以前このニュースが話題になった際は、息苦しい、コミュニケーションを阻害する、と否定的な意見も多数ありました。
ただ、賛否は別に、あだ名や呼び方がそれだけいじめなど問題発生の原因に繋がったり、コミュニケーションで重要な要素であることは間違いありません。これは大人でも子どもでも同じです。
呼び方ひとつで、相手の印象や感じ方が変わります。お互いに尊重しあいながらも、気軽に言葉をかけあえる職場作りを心掛けてほしいと思います。
監修者
東京都社会保険労務士会所属。成蹊大学文学部英米文学科卒業。 創業間もないベンチャー企業だったAuthense法律事務所と弁護士ドットコムの管理部門の構築を牽引。その後、Authense社会保険労務士法人を設立し代表に就任。企業人事としての長年の経験と社会保険労務士としての知見を強みとする。
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